暑い日の合唱三昧
連日の猛暑、身体の置き場に難儀している毎日。
今日は権合唱フェスティバル・県コンクールに出掛けた。
会場は鳥取市民会館、まだ夏の青空、ジリジリ肌を焦がすお陽さま。
会場へ一歩足を踏み入れる。別天地だ!
酷暑の時間帯は会館内の心地良い空間で過ごそう。
入場した時は中学部門が始まっていた。
僕のやっていた頃と僅かに勢力地図に変化があるようだ。
しかし参加校が増えた訳でも無い。
やや変化が認められるのは、部或いはクラブと名の付いた団体が
6校中4校、だからこれは進歩である。
以前はほとんど部やクラブは存在しなかった。
この後の高校もそうであるが、合唱活動は指導する先生の配属地図に等しい。
残念ながら鳥取県は合唱をする学校が絶対的に少なく、
従って、合唱人口が少なく合唱力の上昇にも一定のブレーキが作動する。
一番の障壁は指導者の不足、学校の不理解、さらにそれらを統括する
教育委員会の大きな壁が有る。
これは合唱活動の教育的効果を認めていらっしゃらないことに他ならない。
そうした中で、以前鳥取市内の学校で参加する団体は殆ど見られなかったのだが、
今夏北中学校が出場していたことが嬉しい。だが部活動では無いようで有った。
次の高校部門は7校が出場したが、やや1つの傾向に固まりつつ有るように見えた。
また全てAグループ、すなわち32名以下の団体ばかりで有ること。
だから中国大会に駒を進めるのもし烈な闘いとなる。
さすが高校となると、発声、音色、アンサンブル、音楽表現に完成度の高さが窺えた。
1つの傾向として、西部地区の私立高校2校、
中部地区私立高校1校の躍進がはっきりと読み取れた。
これは大いなる楽しみで有る。
或る高校の合唱には一定の成熟をも感じた。
発声、声質、メリハリ、ディナーミック、音楽的表現など注目されて然るべきと感じた。
大学部門の常連、伝統ある鳥取大学混声合唱団フィルコールの不出場は残念だった。
どの様な事情かは知る由も無いが、如何様なことがあろうが出場して大人の合唱を
披露することは、1つの義務では無かろうか。
県代表になるとか、その様な枝葉なことでは無く、合唱全体の表現を放棄することに
疑問を感じた。
一般団体4団体とは寂しい。
ここでもすべてAグループばかり、つまり小団体。
全体に小粒で、合唱も小粒であった。
発声やアンサンブルには一定の力を発揮するが、
音楽の持つ顕在的或いは潜在的パワーを感じさせてくれる合唱が少なかった。
倉吉の団体「こさじ」に昔昔の仲間が処と団体を変えて出場していた。
嬉しいな!合唱を続けている彼に拍手.
美しい声とハーモニーを心がけることは理解できるが、
音楽にはパワー感が無くては、人々を納得させ得ない。
鳥取少年少女合唱団にも同じような傾向が窺えた。
もう一つ合唱連盟の歴史でもある鳥取市民合唱団の合唱が聴けないことは、
寂しい限りであった。
皆さん裏方で一生懸命働いていたようだが、
合唱団はステージに立って初めて合唱団となる。
僕の頃からそうであったが、合唱フェス&コンクールは聴いていて退屈する。
近くの男性が演奏が始まるとやおらイビキを発した。
そしておかしいことに演奏が終わると拍手する。
一体何に拍手しているのか、それは終わったことにであろう。
現役の頃、こうしたイベントの在り方をある人と論議していた。
コンクールだからと言ってしまえばそれまでだが、
ひとまずフェスティバルという部門について一考する余地があろう。
聴いてくださる方々の側に立った視点を見失ってはならないと思う。
それは合唱の良さを世間一般に理解して頂くための欠かしてはならない
努力として必須では無いか。
by tomiot3 | 2012-08-19 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)