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県美の進行が気になる

県立美術館へ意見提言
美術にしても音楽にしても日常の一コマとして鑑賞する目的とともに、くつろぎの空間であることはとても必要かつ重要なことである。
と同時に非日常を体験することは生きるよろこび、その刹那を感じる事はより大切かも知れないと思う。
普段着で街行きする事も有れば、正装に近い装いで鑑賞に出かける、という仕分けをすることは、よろこびの質感をより高める効果が有る。
美術館の有り様も多種多様、規模、様式、設計思想により様々な美術館が存在する。
かって、体験したウイーン美術史美術館のように豪華絢爛のものも有れば、東京国立西洋美術館のようにフランス人ル・コルビオジェ設計は一見コンクリート造りのシンプルな外観、2007年国の重要文化財に指定され、更にこの7月には世界遺産に登録される運びとなる。前の2例は建物自体がすでに美術品的である。以外の全国津々浦々の美術館はそれこそ
様々な個性を発揮している。 

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地元紙「博物館だより」県民による県民のための美術館を によれば、壮麗だがとっつきにくい「殿堂」であってはならない。
と言いきっている。「殿堂」とはウイキペディアによれば
1 一般に大規模でかつ豪華・壮麗な建築物。
2 特定分野における中心的な機能を有する建築物や場所。
3 特定分野に功績のあった人物を記念するための施設・場所。本項で詳述。

前出のウイーン美術史美術館やエルミタージュ、ルーブルなどなど欧米の建物自体が絢爛豪華であることは勿論殿堂として分かりやすい。しかし、私は心の殿堂という者は必要であると考えている。ウイキペディア2の2のように、県立美術館としての殿堂という言葉は当てはまる。県民文化会館が出来るとき、」有る文章で県民の殿堂と言った。
殿堂だからと言って、肩肘張ってかしこまるだけではなく、県民等しく親しめ、文化を高める空間であって欲しい。
時にはくつろいで、時にはかしこまって非日常を体験する。
これは人が生きる上での明けセントなのだ。ウイーンフィルニューイヤー、それとサントリーホール10周年の時は正装であることを義務づけられた。だからといって心は十分開かれていて、ピリットした緊張感はむしろ快感であった。だから殿堂的で有りながら、人々が心置きなく集い、楽しむ空間であって欲しい。
こうした基本的な事こそ、一方的押しつけでなく、県民と理解を共有しなければと思うのだが。
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日本海新聞社説で見直し論の根拠示せ、と指摘された。第7回委員会に出席して、私もほぼ同様の疑問を抱いた。
事業費をつつかれただけで、いとも簡単に構想自体をいじくる。
そして、動員数を半減以下にする操作を行う。基本構想として誠に本筋を外れていると感じた。
運営次第の動員数を主簡単に削ったり、必要な施設をカットして減額するなど、とても美術館構想の中枢のすることでないと感じた。
ホールなどをカットしたことについて、委員からも異論が出た。私も唯一の意見を述べた。
だが反応はイマイチだった。
正直この人たちが構想に携わるべきではないと直感した。
これでは県民のためになる美術館などで来っこないと確信出来る気分だった。
もう一点、県民による県民のための美術館、皆が肩肘張らなずに訪れて談笑しあえるような美術館、解いて時ながら、その重要な役割を果たすであろうホールをカットすると言う整合性の無さに呆れる。
この人たちは美術の胃どれほどの愛着がある人々だろうか?県民会館建設前、懇談会が幾度か開催され、出席し大いに意見を述べた。
しかし、その時おそしで設計が固まった状態での意見聴取だった。
その時の担当者に聞いた。「コンサートを聴かれたこと有りますか」ノーだった。驚いた。
実際の使われ方を知らないで計画参画実行していたのだ。
コンサートの有り様を知らないで担当していた結果の問題が小ホールとして残っている。
つまり会館はホールとして完結できず、中途半端になった。同じお金を使ってもノウハウが有るか無いかでその価値が決まる良い例だ。

明日、県民ふれあい会館で午後1時~フォーラムが行われる。
その成り行きによっては、もっと厳しいことを言わなくてはならないかも知れない。
正直、所蔵庫の問題が直接のきっかけのようにも思える。そして知事の公約もある。
場合によっては、中途半端なものならば、所蔵の問題を真剣解決して、先送るする事が賢明ではないかと周囲の者も言っている。
東日本災害と東京オリンピックで建設費が高騰する最中の建設とはいかにも条件が悪い。

一旦凍結或いは延ばして、その間、建設基金を毎年蓄積できる方策は無いものか。
広く民間資金を集めるとか、どうしたもんじゃろうのー。
造るならば潤沢と言えなくとも未来の遺産になるものを造りたいものだ。、

自身は貧乏だが、安物買いの銭失いにはなりたくないものだ。
先ずは明日のフォーラムを。参院選の投票日、落ち着かない気分だが、こちらも大事だから。


by tomiot3 | 2016-07-09 20:43 | 文化・芸術 | Trackback | Comments(0)