白洲正子の祈りの道 村治佳織

深夜のペレミアムカフェの放送タイトルに惹かれて取り敢えず録画した。
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惹かれたというのは言うまでも無く、村治佳織と白洲正子である。
1時間40分の超時間番組、しかもNHKだからコマーシャル無しのぎっしり詰まっている。
2011年にほうそうされたものの再放送だから、きっと録画しているに違いないのだが、
今日見る限りは初めてのようだった。
2011年と言えば、大げさに言えば、我が人生で唯一死線を彷徨っていた年だった。

奈良、和歌山の熊野、那智の滝、吉野、岐阜の美濃、福井の白山など
神仏のおわします荘厳にして深遠な地、白洲正子の足跡を村治佳織さんが辿るのである。
古式ゆかしいところで村治さんのギターが静謐の空気をやさしく切り裂く。
村治さん自体はプロテスタントながら、おばあさんの身罷りは仏式で執り行われたという。
多くの人びとは複数の神仏を受け入れることに、ほとんど抵抗感が無いと言う、
いわゆる多神教の最たる姿を平然とやってのける。
現に私や周囲も全くそうで有る。
長兄の婿入り先はカトリックと言うのもある。だから結婚式も葬式も経験している。
そこには矛盾が同居することは無い。

深い森林や季節の移ろい、何百年、何千年と生き続ける古木への畏れ、
それこそが宗教心と言えるのでは無いかと思う。
私の場合、自然と宇宙も信仰?対照である。
そこに微妙に音楽が絡んでくる。
無神論者を標榜する私ですら、万物への畏敬の念は一層深まるばかりだ。
若かりし頃、在る杉の大木を仲間が伐採を提案したことがある。
それはダム湖のほとりのちょっとした広場にすっくと立っていた杉であった。
駐車の邪魔になるというだけの理由だった。
私は反対した。“樹には霊が宿っている、大事にしなければいけない”と言うのが理由だった。
その樹はその後生き続けた。

いつか、彼の地をゆっくりと訪ねてみたいと思っている。
ことに奥吉野、熊野古道、そして那智の滝は訪れたことがあるが、違う季節感の時にもう一度遭いたい。
高野山、出羽三山にもにも惹かれる。
一度は訪れたい。

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by tomiot3 | 2016-12-16 20:44 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

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