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半世紀ぶり

中学二年生までは田舎の中学校だった。
三年生のなる時街の中学に転校した。
だから田舎の中学の同窓会参加資格は無い筈だが
昨年行われた同窓会に誘われた。
つまり仲間に入れてやろうという友情なのである。
恩師にも会いたかった事も手伝って参加する積もりだった。
しかしながら、お粗末にも一日間違えてしまった。

幹事だった同窓生の男性から会いたいというので出かけた。
親切にも同窓会資料をとっておいてくれたのだ。
55年ぶり。
ほぼ想像していた顔形だったのですぐに判った。
名簿に目を走らせ、色々と話を聞く。
既に亡くなった人、名前と顔が一致する人、一向に思い出せない人、
全然記憶にない人、様々である。
それにしても当時の同窓生の数は多かった。

昔が懐かしくなるというのは、年をくった証拠か。
小学校は一年生の途中まで東京蒲田区相生小学校だった。
当時は野原や森や川があって幼い記憶ながら
兄たちと蝉やトンボ採り、メダカ採りなどをした記憶がある。
多摩川土手には摘み草に行った。
多摩川河口の羽田に潮干狩りにも行った。
羽田は当時陸軍の飛行場だった。
離発着する飛行機に憧れたり、
沖合で爆撃演習する音におびえたりもした。
昭和19年空襲が激しくなってくると言うので母の実家に疎開した。

俳優の小沢昭一さんが同校の卒業なのだ。
ほぼ10歳年上のようだ。
昨年暮れその小沢昭一さんがNHKに出た。
懐かしさいっぱいで彼の話を耳をかっぽじって聞いた。

我が家の記録は戦災などでほとんど失われてしまったが
家族写真が一枚残っている。
小沢家は写真館だったそうだ。
兄からこの写真は小沢写真館で撮ったものと聞いている。
昭和15年撮影なので、私が二歳か三歳であろう。
7人兄弟(末の弟はまだ)と田舎から上京した祖母、それに両親である。
その頃はお坊ちゃまで可愛かった?。

by tomiot3 | 2009-01-17 21:57 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)