カテゴリ:弔事( 3 )

通夜の日の出来事

昨日、姪の突然の訃報
今夕が通夜、千葉県の市川在住の僕の弟が駆けつけるので、
鳥取駅に迎えるため、送迎用駐車場に駐めようとした。
なんだか二人の駐車場整理員が目に入っていたが、
気にもとめず駐車した。
降車して車から離れようとしたら、呼び止められた。
“ここは駐車違反になります”
なんで?
“誰かが乗車していないと駐車違反です。 そこに書いてあるでしょう”
えっどこに
“そこの看板ですがナー”
乗車していないといけませんなんて書いてありませんでしょう。
これでは理解できる人居ますか。
余程国語力の無い人が考えた看板ですな。
それに今までも何回も駐車してますよ。

“市には言ってるですけど、なかなか直してくれんですが”
ということは、過去再三この様な事件が起こっているんだ。
現に隣の他県ナンバーの車も、その他の車全部が空車で駐車している。
もっと具体的に分かるようにしてくださいよ。
そして、これ見よがしにカメラに納めた。
e0166734_21232557.jpg

要するに誰かが乗っておれば、駐車違反にならないと言うこと。
これはこれで正解だろうが、駅特定・専用の駐車場だとばかり思っていた。
それなら駅南同様、パーキングメーターで有料にして貰った方が余程すっきりする。
送迎に複数人で迎えるとは限らないでしょう。
駅南まで車を回すのに、
列車到着まで少々余裕が有ったからよかったものの、
表示なり管理方法を利用者の立場で再考するべきだ。

姪の思わぬ永眠のこととて、実に後味悪るい一件だった。

姪は享年62歳、心筋梗塞だったそうだが、
穏やかで安らかな永眠の顔だった。
本人はもとより周囲も予想だにしないことが起こったわけだ。
年齢順という訳にはいかないようだ。
すなわち天に召されるのは順不同なんだ。
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by tomiot3 | 2012-10-13 21:45 | 弔事 | Trackback | Comments(0)

従姉妹の葬儀

運命に逆らえない
妻の従姉妹、享年満62歳。
いわゆる突然死、予告なくして天国へ召された。

正直もう人を送るのはしたくない。どんどん先を越されている。
“もういいよ”と思わず洩らしてしまう。

だがよくよく考えてみると、人を送ると言うことは自分は
それだけ生かされていることの証ではないか。
そうなんだ。感謝こそすれ文句を言う筋合いではないんだ。

この度、残された連れ合いは男性。
周囲の人々は心配しする。男一人暮らしで大丈夫だろうか。

翻って、自分は妻に先立たれたくない。
炊事洗濯なんでも出来るが、連れ合いを失うと言うことは
単に日常のことの心配以上に精神的な支えを失うことのダメージは
計り知れない。
だから妻より先にと望む。
しかし今一度思った。
残された妻が同じ立場になるとしたら、それは一体どうなんだ。
こんな事を思うと際限ない不安感に襲われてしまう。

結局、一日一日を愛おしく、慈しんで、大切に時間を過ごすしかない。
運命には逆らえないと思うから。
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by tomiot3 | 2009-07-23 21:00 | 弔事 | Trackback | Comments(0)

永久の旅立ち

親しくしている友の父君が一昨日身罷られた。
午前10時葬儀場に出向いた。

葬儀場が満車ということもあるので、2キロほど歩いた。
折良く雨も上がり、水田の多くに水が張られ、
あちこちでトラクターが代掻きをしている。
いい風景だ。

逝去されたご本人は文化活動でずっと以前から存じ上げていた。
そうしたこともあってか、葬儀が進につれしめやかさも手伝って、
残された家族の心情と亡き人への哀惜の情がこみ上げてきた。

今の世はややもすれば人の命が軽んじられる場面もあるのだが、
今日はそうではなかった。

命の尊厳を改めて自覚させて頂いた。

最後にご夫妻の若き日から今日に至る映像に接し、
感動すら覚えるのであった。
夫婦とはかく有るべきと教えられる良きご夫妻だった。

人の誕生はめでたくても人々が大騒ぎすることはない。
だが人が一生を終えるとそうはいかない。
それだけに多くの教訓を残された人々に伝承する儀式でもあるのだろう。
だから終わりなどではなく、心の有り様の門出でもある。

私も残りを数えると多くないが、意味ある人生を送らねばと
覚悟を新たにした。

南無釈迦牟尼仏 南無釈迦牟尼仏 南無釈迦牟尼仏
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by tomiot3 | 2009-05-29 21:59 | 弔事 | Trackback | Comments(1)