しばしの別れ

明日からしばらく旅に出ます。
震災復興や市庁舎問題に心を残しながら、
人生の最終仕上げとして何が出来るか、何を成すべきか。
じっくり考えてきたいと思います。
親しくして頂いている友とのしばらくの別れは少し辛くはありますが、
震災地の方々に負けないようリニューアルする良い機会と思っています。
では又。
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by tomiot3 | 2011-06-13 23:16 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

見納めか?

何日ぶりだろうか。
砂丘がとても見たくなった。
梅雨前線が南岸停滞でパッとしないサンデー、並足で砂丘へ挨拶に向かう。
コンディション不良、それでも砂丘には沢山の訪れがあるようだ。

雨後の砂丘の豊かな表情
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何に見える?怪魚シーラカンス?
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これは明らかにイノシシの足跡
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大海原の水平線の彼方を望むべくも無かった。
靄が濃くかかって視界はせいぜい一里程度、
心の目で遙か彼方の水平線に向かって深呼吸。
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アリンコか?
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母子のコミュニケーション
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若者の集い
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ハマヒルガオ、ハマニガナ、コウボウムギ
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雨の来そうな様子だ。
今冬の雪害で滅茶苦茶になった竹林は野道もすっかり姿を消してしまった。
かき分けかき分け竹林を進む。ボチボチとハチク(真竹の筍)が出だしたぞ。

おや?また桜が折られた。酷いよ!キチッと養生してもこのダメージは大きい。
春の芽立ちの所為だろうか?判らない。
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by tomiot3 | 2011-06-12 21:00 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

梅雨の我が家

山アジサイの?面相、今のこの色合いが好きだ。
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by tomiot3 | 2011-06-12 21:00 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

一喜一憂

気にしていた因幡自転車道側溝の落ち葉詰まり、
体調不良にて実施を見合わせ、誰かやってくれるのを待っていた。
ようやく昨日キレイさっぱり片付けられたことを確認。
3月頃からの鬱積が解除されて、喜ばしい限りだ。
作業の具合から推測すると、県委託の業者のようだ。
個人だと側溝から上げたゴミの始末に困るものだが、
キチッと片付けられていた。感謝!
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気分を良くしたところで、また桜の枝が折られた。
以前と同じような折り方、多分同一人の仕業だろう。
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『枝を折らないで』の札でも掛けようか。
路端の昼顔に免じて怒るのを押さえた。
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by tomiot3 | 2011-06-05 21:00 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

遅遅か着々か

蒸し暑い日だった。
今日の畑仕事は充分汗ばんだ。
先日植え付けたさつまいもへの水やりをたっぷりと。
黒豆植えと大納言の植え付け準備を概ね済ませた。
この畑は元々田んぼで、近くまで灌漑水が来ているので、
排水を上手くしないと水を含み過ぎて、どべどべになってしまう。
だから実際に畑に利用出来るのは、一部になってしまう。
周囲に側溝を深く掘りかけたが、今の僕には負担だった。
色々知恵を絞って考えはするのだが、多少の費用は覚悟しないといけない。
やっぱりひとんちの場所を借りる畑作の限界かも知れない。
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入院するまでにもう一度、しばらくの留守対策をしなければならないだろう。
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by tomiot3 | 2011-06-05 21:00 | 農耕・自産自消・園芸 | Trackback | Comments(0)

収穫感謝

梅雨のひと休み、今日は天候に恵まれたが気温も上がりそうだ。
早朝の多鯰ヶ池もその様な雰囲気だ。
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野イチゴの実りは過去年に較べるとかなり見劣りする。
だが、かっては茂みでおぐらきところが、伐採で陽当たりが良くなった。
収穫量は落ちたが、太陽の恵みが効いたせいか、
直径が2センチくらいの大玉に、あっちこっちと出くわす。
量より質、自分に言い聞かせる。
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午後は10数㎞先の高原に笹採りに。
毎年この時期に採っているのだが、どうやら生育が遅れているようだ。
笹の葉っぱの大きさに不満を感じる。
どう見ても例年より小振りなのだ。
自分よりも背の高い笹藪の中を突き進むのって、かなりの体力消耗だ。
それにズボンもシャツも笹の白っぽい粉で笹汚れだ。
通常よりもかなりの時間をかけて今年のノルマを採り終えた。
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まきの粉を練って団子にするのと諸準備は僕、チマキするのは妻、完全分業体制。
22時頃蒸し上がった。
諸般に事情により今年はこれで打ち止めだ。やっぱり少ないね。
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以上これにて初夏の収穫感謝終了。
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by tomiot3 | 2011-06-04 22:11 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

さつまいも植え付け完了

今日は気温も上昇、久々の感覚の晴れ間を有りがたく思い、
農作業に出かけた。
長雨でトマトや茄子がいまいち調子が上がらない。
たまにしか行けないことも作物に対して申し訳ない次第だ。
朝晩丹念に手をかけて作物に対したいものだ。

さつまいもの苗が一昨日届いた。
安納芋、紅赤(川越金時)、アヤコマチの三品種、各50本。
川越芋は子どもの時の思い出深き芋。
懐かしさと食いしん坊で衝動注文した。

まだ土が乾いていないので、鍬で土を寄せ畝を造るのに汗をかいた。
まさに重労働だった。
それでも従前に植え付けた金時芋に加えて、2本の畝にほぼぴったし植え切った。
隣の畑で農作業していたおばちゃん、“よーけ植えられましたな-”

後はカボチャとスイカの周りに草押さえシートを貼って終わり。

なにせ10日過ぎまでに、
あれこれと済まさないといけない焦りとも言える奮闘振り?

未だ、烏対策の防護網を張る算段が待っている。もう一度行くか。

これだけの分、完璧に芋芋たちが収穫出来たら、
我がバイオ製造工場はバイオガスの大発生となる。
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by tomiot3 | 2011-06-03 23:08 | 農耕・自産自消・園芸 | Trackback | Comments(0)

署名活動始まる

市当局が設計協議を始めたとの報道が成される中、
『市庁舎新築移転を問う市民の会』がリードする住民投票条例を定める為の
署名活動が始まった。
数日前のデータでは署名受任者が3700名を超えたとのこと。
当初の目標をはるかにオーバーしているようだから、
受任者が1人10姪の署名を確実に集めれば、
これまた所期の目的をはるかに超えて市当局にとっては
大きなプレッシャーとなるだろう。つまり無視など出来ない足かせを嵌める訳だ。

この件でブログ投稿を始めたのが、昨年9月だったからあっと言う間の光陰であった。
もともと市庁舎を建て替える大義の耐震診断そのものが問題であるが、
勘ぐればはじめから仕組まれた演出だったと考えて居る。

全国には明治、大正、昭和初期の建築物は数多あるが、
たかだか昭和後期の建築物である市庁舎を建て替えようという発想自体が、
反市民的である。
市長に対してもそうだが、市民への奉仕者である市職員の態度はどうなっているんだ。
場合によっては、反市民行動とも受け止められる。

耐震基準は震災の旅にこう新改訂されてきたのは理解している。
だからと言って、全ての建物を改築するなど愚の骨頂である。
凌いで凌いで使い切るのが市民への最大のプレゼントである。
市は寿命65年と言っているが、そうしたら日本国中スクラップアンドビルド
の浪費大国になってしまう。
マータイさんの『もったいない』そのものである。

どの様な建物でも耐震補強、或いは免震によって自身を凌げるというのが常識であろう。
それを何が何でも新築移転、しかも決して優良地ではない駅前の狭隘な土地に
のっぽな市庁舎を建てるという。
総合的利便性・有効性や都市機能を充分精査されてのこととは思えない。
本来ならばというよりも市民のための市政であるならば、
時間をかけて市民への説明を誠実に尽くすだろう。
だが今までの市当局の説明は、建てかえのための説明だけに終始していた。
とても市政への憤懣欺瞞が増幅したこの一年弱だった。

有利さと言えば公共交通機関である鉄道の近くと言うことだけだ。
だが市庁舎のへの他地区からのアプローチとしては、
むしろ余分な車利用に拍車がかかる懸念がある。

鳥取市の未来像、都市交通の在り方などなど理念すら構築できていない鳥取市が、
市庁舎つまり箱物の典型に血道を上げること自体、市民への造反である。

毎度口を酸っぱくして申し上げているが、『今はその時でない』
如何なる事業も市民の負担無くして成り立たないのだから、
時の市長の思惑で独断専行されたら堪ったものでない。
鳥取市が投資するに相応しい事業として、市民の多くが賛同する事業、
つまり大災害にも耐えて、鳥取市民が理想とする都市構築整備をする必要が必ず来る。
その時まで無駄使いは止めよう。

東日本大震災を肝に銘ずれば、想い浮かぶことばかりである。
スマートシティーの構築だって急がれるんですぞ。
悠長に構えていたら鳥取市は置いてきぼりになってしまう。

市庁舎に限らず、鳥取市行政は展望無き行き当たりばったり姿勢の極みである。
気がついてみたら、国保2年連続値上げ、水道料金の値上げと相次ぐことになる。
他の健康診断だって鳥取市のレベルはとても良くない。
むしろ周辺の自治体の方が負担が軽い実態がある。

将来にわたって、市民の負担を軽減するため、
耐震化をしっかり行い、設備整備も同時に進めれば65年経過と言わず、
ずっとずっと使えるのである。
超粗大ゴミを出すのは止めよう。

市民を小馬鹿にしてはいけない。

それにしても先の市議選、市長選って一体何だったのだろう。
市民の意見意向が反映することない選挙って民主主義の危機ではないか。
市長は庁舎建てかえを訴えてましたか?
市議たちは賛成、反対の弁を述べて当選されましたか。
市民をだましたと言うことになりますよ。

ついでに 市議の数は多すぎる。
せいぜい半分でよいから情熱と見識と実行力のある優秀な議員であって欲しい。
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by tomiot3 | 2011-06-03 22:49 | 市庁舎はどうなる | Trackback | Comments(0)

新聞を読んで

昨日の日本海新聞「潮流」欄
『渡辺一正 水力発電を見直そう』と云う記事が目に留まった。
満更この分野の素人ではないので気になるフレーズが幾つか有った。
重箱の隅をくっついてもと云う気もあるが、やはり何も知らない人々は、
そのまま受け止めてしまうだろう。
氏の言わんとするところは、今回の原発事故を受けて、
自然エネルギーのひとつである水力発電の大切さを再認識しようという。
これは最もな事であるが、トータルとしてやはり読みが浅い見解であろう。
水力の見直し自体は全く是であるが、
従来型の踏襲では済まない社会情勢を理解しなくてはならない。

計画停電
一般的な節電でなく、定常的な節電しか有効でなく、計画停電が最も確実な方法な訳である。
なぜ一般的な節電でなく・・・であろうか、計画停電は極力避けなければならない、
つまり停電すると言うことは、バッサリ電源を失うことであるから、
企業活動の痛手はもちろん、病院、研究機関、家庭にとって有ってはならないことなのである。
むしろ一般的節電を極限まで実施すべきである。
自販機の大胆な規制、不要不急の照明の制限、エアコン温度の高温設定、若しくは部分停止、
エアコン規制はヒートアイランド軽減に役立つし、グリーンカーテンの大々的普及、
などなどありとあらゆる智恵とテクノロジーを駆使して
節電を実行すれば計画停電は避けられる方向に向かう。
今期は間に合わなくても、来年、或いは1年、2年先のピークを乗り切るには、
さらに対策を積み重ねる。
太陽光パネルの普及大推進、スマートシティー構築の模索と実行、
個人住宅、ビル屋上全て利用対象となる。
冷暖房における地下熱利用促進、これは住宅、大型集合住宅、商業ビル等全てである。
ことに新築に対しては、義務付けるのである。
照明のLED化なども有効だ。

交通機関においては、電車の回生制動実施、これは一部において行われていると思われるが、
徹底実行する。
以上は都市においての仮題である。
非都市部においては、農業への地熱、太陽光などの循環エネルギの全面利用などが加わる。

結論として、氏曰くの一般節電を大いに薦めれば、
計画停電という究極の対策をしなくても済む。

電力会社が用いている電力貯蓄の方法で代表的なのは揚水であり、
下流から水くみ上げる方法である。・・・・

あながち間違いとも言えないが、表現方法に問題がある。
揚水発電の基本は上部池と下部池からなる。
その間を水路と水圧鉄管路で結び、下池近くにポンプ水車と発電電動機とが設置される。
だから下流という表現は当たらない。
下池は河川に設置される通常のダム湖で、
揚水の原水を確保した上で、深夜時間帯のオフピーク時に上池にポンプアップされる。
上池は全く河川が存在しない場合ガ多く、この場合は純揚水と呼ばれ、
上池の流域面積が大きく、自然流量が加わる場合は混合揚水と呼ばれる。
その分発生電力量が多くなる。

電力供給は水力発電に始まったと言っても過言でないが、・・・・
これはその通り。だが後述の内容がどうも気になる。
ダムが大規模に過ぎるためで、かって灌漑用のダムのように川幅の全副をつかうのではなく、・・・
灌漑用というくりも限定的で、実際はダムのほとんどは多目的で、洪水調節などの治水、工業用水、農業用水、上水道用水、そして発電用などで構成される。
そしてその一部を利用する方法に改めれば、
水運や魚の遡上を妨げたりしないダムの建設は、可能のように思える。

は水力発電は大別して、ダム式と流れ込み式の別れる。
前者がダムを利用する発電形式で、出力を自由にコントロールできる。
後者は取水堰(これを通常ダムとは言わない)から取水して、
水路を通じて落差を得られる地点まで送水し、オープンな状態で発電する。
つまり河川流量に支配されて、出力コントロール幅は小さい。
つまり出力を落とせば、その余った水は無駄に捨てられることになる。
いわゆる流量任せの発電である。
だから氏の言われることに理解を示したいが、何か釈然としない。
揚水もダム式は応用であるから、出力は自在にコントロールできる。
県内では日野郡の俣野発電所がそうである。

発電は一般的にダムから受遺かに行うのではなく、発電能力はこの水槽からタービンまでの落差と水圧管路の管径と勾配ならびに落差によるもので、必ずしも大規模のダムが必要とはいえない。
この辺りは全く理解をしておられない。
むしろダム式はダム直結なのである。
圧力水路を経由した場合は、サージング吸収のためサージタンクを水圧鉄管路の直前に設けるが、
これとて水車とダム湖の水は直結だからこそ、出力調整が自在なのである。
そして出力は落差と水量の乗算であって、勾配は全く関係なく流量によって決まる。
つまり管径も流量次第なのである。
さらに大規模なダムは必要とはいえない。
と記されているが、発電能力とは発電力(出力)と発電電力量で決まる訳で、
ダムが小さければ、自ずと調整能力が小さく、
ダムが小さい場合は自然河川流量に限りなく近づいて発電力は小さい方向へと向かう。

揚水発電は、実は原子力発電が行われるようになって生まれたものである。
これは事実と異なる。
日本の揚水発電は、1930年代に始まっている。
既に一定ベース運転が効率運転上好ましい火力発電所の深夜余剰電力吸収用として、
始まった。その後火力の大型化、つまりユニットが百万キロワットを超える
スーパー火力が出現するに及んで、さらに揚水の必要性が増して、
各電力会社は揚水発電所建設へと力を注いだ。
火力発電所でも似ており、燃焼を一挙に停止すれば燃焼炉が壊れる危険性が高いが、
原子炉の場合は機構が複雑で一層難しい。

火力、緊急停止や出力抑制の場合は、先ず蒸気を排出する。
つまり折角の蒸気を捨てる訳だから、発電効率が悪くなる。
だから一定ベースで発電することがベストなのである。
だからといって出力制御や停止はしなければならない事態はいくらでもある訳で、
例えばどこかの送電系統が脱落すれば、たちまち負荷が減るから
水力だけでは間に合わなければ、火力だって出力抑制や緊急停止はいつ発生するか判らないのである。
したがって氏曰く、燃焼炉が壊れる
これは無いのである。系統事故はいつだって起こり得る。
だからいつなん時、トリップ(送電系統から離れること)するか判らないのである。
氏の説だととっくの昔に燃焼炉が壊れ、原子炉は爆発することになる。

最後に氏曰く、水力発電は弁の開け閉めだけであるから最も制御性が良いことになる。
これはその通りであるが、弁というよりもガイドベーン(案内羽根)と云っている。
この開閉で出力をゼロから最大まで自在にコントロールできる。

ただし、いずれ著す予定のミニorマイクロ水力においては、実態が違うことを言っておく。
氏の言わんとするところ、つまり水力を見直そうとの見解は賛同だ。
単に従来視点では開発地点が限られてきた水力適地だけでなく、新たな視点で
のミニ・マイクロ水力を含めた水力、さらに風力、太陽光、地熱利用、バイオ
などなどあらゆる発電方式を集合させることにより脱原発は可能である。
さらに大切なのは、新たなサイエンスの研究、テクノロジーの開発を猛烈に
促進することだ。これは人材養成が根底にないといけない。

参考
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by tomiot3 | 2011-06-02 23:55 | 多論好論 | Trackback | Comments(0)

憐れな政局

この非常時に内閣不信任案が提出された。
民主党の右往左往も情けないが、
野党の政局有るのみの政治姿勢は多くの国民批判を浴びるだろう。
いつも通り重ねて言うが、原発にしろ災害復旧や危機管理など、
55年体制で築かれた負の遺産を民主党の力不足で制御しきれないのが現状だ。
その様なことを棚に上げて、政権奪還のチャンスとばかり、
震災地のことなど忘却しての行動は非難されて然るべきだ。
圧倒的に否決された谷垣総裁は一定の責任を取ることが必要だ。
まあこれは自民党自体が考えるだろうが。
結果としてみっともないことを曝しただけだった。
敗軍の将は負け惜しみの発言をしているが、恥の上塗りというものだ。
まったくもって哲学無き政治家たちだ。
本当に嘆かわしい!怒り!

官僚たちよ。もっと死にものぐるいで仕事しろ。
政府民主党よ、もっともっと迅速に官僚たちを取り仕切れ。
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by tomiot3 | 2011-06-02 21:29 | 多論好論 | Trackback | Comments(0)