ハナミズキ→ヤマボウシ

随分以前のこと 
今から2年以上前の2009.5.4に投稿した「緑の日」にコメントが入った。
文中街路樹に使われている樹を「ハナミズキ」と書いたところ、
「ヤマボウシ」と指摘を受けた。有り難うございます。

調べてみるといずれも
ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属とある。
「ハナミズキ」は北米原産で日本からワシントン市にサクラを送った返礼の樹が始まりという。
市内のあちこちで目にするようになって、ピンク又は白い花を咲かせている。
だからてっきり街路樹も「ハナミズキ」と早合点してしまった。

やがて花が咲くようになると実がなるだろうから、
そうしたら最終確認が出来るだろう。

と言うのは、同じ科・属でもその実の姿はまるで違うようだ。
「ヤマボウシ」のそれは甘くて食べられるそうだ。
楽しみだなー。
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-14 21:00 | 街と村づくり | Trackback | Comments(0)

村治佳織さん 続

一昨日の月曜日「鶴瓶の家族に乾杯」の前半にゲスト出演した村治佳織さん。
前半では鶴瓶の人気に圧倒されるというか、
クラシック或いはギター界であれほど知名度が高くても
一般人相手となるとなかなか、鶴瓶の大衆人気には敵わないようだった。

ところがである。
10代の頃からパリ・ルーブル美術館紀行などのインタビュアーとして鍛えられているだけ有って、
外連味のない人柄とボキャの豊富さで人を惹きつける力は大したものだ。

訪問したところは、長崎県平戸市。
キリシタンの地だから、りっぱな教会も沢山有るが、お寺と列しているところが面白い。
その教会でのぶっつけ本番、管理している夫婦が歌う賛美歌の伴奏をサッとやってのけた。
天井が高くて良く響く。歌いやすくて弾きやすいだろうな。

さて来週はもっとハプニングが有るか。楽しみ!
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-14 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

村治佳織さん

村治佳織さん
鶴瓶の家族に乾杯(前半) に出演
NHK総合20:00~20:45

長崎県平戸への訪問旅
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-12 18:51 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

神秘な月食

天気予報では日本海側は曇り空
なかば諦めていた
ところが寒さこらえて20時過ぎ戸外へ
なんと小槻さんが輝いているではないか

時折雲が流れて隠れることがある でも大丈夫
一部始終の観察 皆既月食だ
色の表現を何としたらよいだろう
立体感はまるで3D画面のようだ
22:45
e0166734_1911481.jpg

23:08
e0166734_20503653.jpg

0:29
e0166734_1921498.jpg

[PR]

by tomiot3 | 2011-12-11 20:51 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

万雷の拍手 その熱気度

先々日の鷲見恵理子さんのコンサートがとても素敵だったことは
既に記したが、演奏が終わるごとの拍手が今ひとつ盛り上がらない。
ヴァイオリンもピアノも一級の演奏であるにも拘わらず、今ひとつ盛り上がりに欠ける。
ただひとつ感心したのは、曲が終るやいなやではなくて間を置いた拍手だった。

そして終演を迎えての拍手、これはなかなかの熱気ごもりであった。
しかし、演奏者がステージをひくと、割と早くデシベルが下がってしまうのだ。
アンコールは二曲されたが、演奏者が客席の度合いを察知したのか、
どちらかと言えば上手くタイミングを失しないようにやられたようだった。

負け惜しみの自慢のひとつだが、
我がとっとり楽友協会コンサートのほとんどは
拍手の熱気度に関しては、例え観客動員数が少なくとも100%以上を凌駕してきた。
一番近い「テレマンって 誰でしょう!?」でも最後の最後まで
本当にこれでお終いですよと演奏者のシグナルが有るまで拍手が切れなかった。

オペラにしても、梯剛之さんにしても、村治佳織さんにしても、
ウイーンフィルメンバーによるものにしてもことごとくそうだった。

最もな時は、パン、パン、パンと会場がひとつになって拍手のルツボと化して
ホールが鳴った。

何故だろう?
ひとつには、とっとり楽友協会は強制的に観客を動員したことがなかった。
安売りしたり無料券をばらまいたりなど一切しなかった。
だから本当に聴きたい人が聴いてくれたのだ。
観客動員数の問題を残しながらも
きっと来て下さった方々は耳が肥えた上等のお客さんだったと思っている。

鷲見恵理子さんの場合は、演奏途中でも退場される方が居たように
未だクラシック慣れをしていない方達も組織力で集客されたのではと推察した。

演奏者にとって1人でも多くの人に聴いてもらうと言う姿勢は正しい。
だからとっとり楽友協会の在り方は反省の余地多分に有りなのだが、
コンサートの雰囲気は抜群と自負している。
かと言って採算面からもお客さんを増やす為に一工夫も二工夫もしなければと思っている。
難しいものですね。

お客さんの練度は、沢山聴いてもらうことで錬られていく訳だから、
きっといつの日か演奏の良さに直結した会場の雰囲気が造られるだろう。

私個人の場合、良い演奏でない場合は拍手しない、しても軽くするようにしている。
要するに演奏の善し悪し度によって、デシベルを調節している。
感動すれば手のひらが痛くなるほど衝突させる。
この点先進国?では厳しくて、悪かったり、気に入らなければブーイングとなる。

我が国民は優しくて八方美人なのかも知れない。
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-06 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

鳥取県 エコ競う自転車通勤 CO2削減で県職員

もう2ヶ月も以前のことなのだがタイトルのニュースを目にした。

自論、以前から県や市の職員はマイカー通勤を止めて、
公共交通機関利用、自転車利用果ては徒歩などを率先炊飯して欲しいと思っていた。
仲間たちとはマイカー通勤を禁止すべきとも言っていた。

ところが鳥取県庁ではご覧のタイトルのように試行的ではあるが、
グループで行おうというものだった。

CO2削減などの効果もさることながら、健康面でメタボ対策としても実に有効だ。
職務能率向上や医療費削減効果まで波及する。

ただこの場合、中長距離のマイカー通勤者までは及ばないだろうから
意識の始まりと見て良いだろう。

パークアンドライドと公共交通機関の連携など
将来の課題へ積極的取り組みをしてほしいものだ。

マイカー通勤を止めれば、付近の民間駐車場は当面収入源を強いられるだろうが、
昼間デッドなスペースとなっている駐車場は街づくりや周辺の潤い環境をもたらすものではない。
永い目で見ればきっとプラスに転じる。

市街地から不要不急な車を排除して、歩行者が溢れ街になって欲しいと願っている。
そうすると自転車と歩行者の安全を守る事が重要となってくる。
経済大国日本は自動車優先の道づくりや街づくりに片寄ってきた。
自転車道の整備などお寒い状況だ。

国土交通省でもようやく検討を始めたが、
泥縄式の対処療法の域を出ていないのが実感だ。

自転車王国オランダでは自転車スイスイ、マナーも上等と聞く。
テレビ放映で子どもが自転車で公道を走れるのは
片手運転で方向指示が出来るまではだめと言うことだった。
マナーは家族教育のひとつとして行われていた。

ヨーロッパでは古くから都市交通問題が真剣に錬られていた。
うん十年前に市街地乗り入れ禁止などあちこちで行われていた。

我が国は国策という化け物にいつも支配されてきてしまった。
この場合は自動車産業育成など経済発展重視のツケだ。
ここらで自動車屋さんの反省と貢献も必要だろう。

この取り組み今後のエスカレートに期待しよう。
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-06 21:00 | 交通・鉄道・LRT | Trackback | Comments(0)

待望 村治佳織さん“鶴瓶の・・・”に登場

来週12月12日 20:00~20:45
NHK鶴瓶の家族に乾杯 に村治佳織さんが登場する。
これはビッグニュース!! 
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-05 21:01 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

鷲見三郎の家系

鷲見 三郎(すみ さぶろう、1902年7月27日 - 1984年11月26日)は、日本のヴァイオリン指導者、指揮者。
米子市つまり鳥取県出身。
徳永二男、千住真理子などのヴァイオリニストを育てた我が郷土の誇れる音楽家と思っている。
我が尊敬する長岡京室内アンサンブル音楽監督の森悠子氏も指導を受けた。
幼い頃、徳永二男氏など共に米子の公会堂だろうか、師に連れられてこられたそうな。

かって長岡京室内アンサンブルの練習キャンプを鳥取で行った際、
森悠子氏の知事表敬をお手伝いした。だが知事不在で企画部長に会っていただいた。
様々な話の中に、師である鷲見三郎氏の話に及び、
是非、鷲見三郎氏の顕彰を県として勧めていただくようお願いした。
出身地の米子市では時折顕彰関連の行事が行われていたが、
県としての認識はほとんど無かったようであった。
懐かしい想い出である。

さてお孫さんに当たられる鷲見絵里子さん、いつのことだったか
米子市公会堂で行われた鷲見三郎行事に
当時NHK交響楽団のコンサートマスター徳永二男氏らとともに
幼き鷲見恵理子さんの演奏を聴いた記憶がある。

すっかりヴァイオリニストの風格を備えた鷲見恵理子氏。
加えてこの度のコンサートのピアノにベーゼンドルファーが使われた。
ファビアーノ・カサノーヴァ氏のピアニズムも今回の聴きどころであった。

ヴァイオリンはピアノの絶妙なサポートを得て、実に振幅の大きな演奏であった。
時に繊細に時に雄々しく、ディナーミックの効いた演奏は実に心地良いものだ。

ブラームスのスケルツォではその能力が最大限に発揮されたようだった。
シューベルトのウイーン情緒の纏綿とした演奏に場内では首の折れた人が多くなった。
余程心地良かったのだろう。

ピアノ独奏でラフマニノフの「パガニーにの主題による狂詩曲 第18変奏」
ベーゼンドルファーのダイナミックな音が素敵だ。
この曲には若き頃の想い出が詰まっている。
FMなど考えも及ばなかった時代、日本短波放送志鳥栄八郎解説の「希望音楽会」
という番組があった。
それは視聴者の応募番組であった。
そこでシューベルトの「軍隊行進曲」をリクエストしたら、後日一通のハガキが届いた。
それは何時何時ご希望の曲を放送すると言うものだった。訳もなく嬉しくなった。
当日は短波放送にダイヤルを合わせ、フェージング(電離層に跳ね返って伝わる短波放送が波打つ状態)
に悩まされながらもかじり付いて聴いた。
この番組のテーマ音楽がまさに「パガニーにの主題による狂詩曲 第18変奏」だったのである。
演奏はピアノでなくオーケストラ版であったが、とにかく一生の想い出の一つになった。

さて、ピアノによるシューマンのアラベスクも良かった!ベーゼンドルファーはベストマッチ!

演奏者のステージマナーもよろしく、心温まるプロフェッショナルな演奏会であった。
e0166734_10195981.jpg

アンコールはドヴォルザーク「我が母の教えたまいし歌」とマスネ「タイスの瞑想曲」で締めくくられた。
聴衆マナーは概ね良好だが、演奏中に退場したりする人が若干居た。
やっぱりまだまだか。
東京・大阪などではその様な行為はほとんど目撃しないのだが。

実感としてやはり梨花ホールのデカさが、本来の演奏の良さをやや減殺している。
響きは良質なのだが、余りのも容積が大きいからだ。
だから前日の淀江さなめホールは500ばかりのキャパだからもっと感動を呼ぶことが出来ただろう。
このさなめホールの響きは県内この類の小ホールでは最高だ。

ホールというものは単なる箱物論議で語ってはならないのである。
芸術文化が人を造るベースなのだと官民が認識し、
より質の高いものを求める感興が興ったとき、
いつの日かは判らないが室内楽或いはリサイタルホールが整うだろう。
全国のホールを巡った限りではそうした地区が幾つも存在している。
室内楽やソロ音楽はクラシック音楽のベースであることを強調しておこう。
この様なことを理解出来る首長が全国に何人いらっしゃることか。
先ずは地元の県市、そして大阪の坂本氏はどうか・・・・?。

余談
鷲見恵理子氏は鳥取県から「とっとりふるさと大使」に任命され就任された。
ステージ上でその事に触れ、大山や砂丘の自然環境の整っていることを上げ、
さらに鳥取県の音楽環境にお褒めの言葉をいただいた。
だが、大山砂丘などの全国でも誇れるもにには違いないが、
保全がしっかりと守られ、磨きがかけられているかというと、それは疑問だ。
また後段の音楽環境に関しては、決してそうではありませぬ。と言いたい。
外交辞令のようではなかったがはたして。
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-05 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

嘆かわしや

先の木曜日に実施した療法の副作用で悶々
その様な中、不愉快なニュースの数々に怒りと失望

一川防衛大臣の就任時からの不適切な言動
本当に情けない
政治家としての資質への疑問はこの大臣に限ったことではないが
酷すぎる!!
当の大臣が沖縄に謝罪訪問したが、沖縄県民の反発抗議はおさまらない
むしろ逆効果をもたらすだけ
この内閣も機を見て敏にほど遠い
ここまでこじれたら野田総理自体が沖縄に先ずは頭を下げねばなるまい
普天間移転はより困難になった

少しは未来への希望を与えてくれる政治家は居ないものか
大阪の橋下市長のような檄をとばす発言をする政治家がもてはやされるようだ
かっての小泉もそうだった
いわゆる説得力があるんだろう
だが冷静に考えると怖い面を沢山含んでいる
熱病の如く先導される事への恐怖を忘れてはいけない
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-02 21:00 | 多論好論 | Trackback | Comments(0)

演奏と響きとマナー

初冬のうすら寒い一日 体調思わしくなく横になった一日
つい、様々な回想に終日を過ごした

11月の二つのコンサート、いまださめやらぬ余韻
収録を幾度となく聴くうちに、なんとなくではあるが演奏する人々の主張が見えてくる
クラシック音楽の幾百年を経ての宇宙的とも言える感興は一体何なのだろうか
まさに人類遺産を意識した

自ら室内楽リサイタルを主催したヴィオリストの棚橋恭子さんと昨日お会いすることができた
演奏技術、音楽表現など底の知れない、或いは天空の果てまでの世界に身を置いている今
おそらくご自身も聴衆にその意志を伝えることの難しさに直面していることだろう

演奏者は楽器の表現力を介して作曲者の意図を伝える伝道師であろうか
レーガーの無伴奏組曲など好演ではあったが、どこまで深層に迫ったかは
まだ余地があっただろう そうしたことを認識している彼女の将来に明るい希望を見出した
いつかは再演に取り組んで欲しいと願っている
あらためて音楽の存在する意味や楽しみを噛みしめた

ところで聴衆のマナーで面白いことがあった
録音を担当したのだが、ヘッドホンにビニール袋らしきものの摩擦する音がシャカシャカと
客席を見ると1人のおばちゃんが膝に袋を載せていた
会場係にシート下に置いてもらうよう頼んだ
客席で飲食をする習慣が残っていて食べものが入っていたそうな
他の場合でもビニール袋や飴の包み紙などの音がすることまま有りである


ずっと以前だが、大阪いずみホールでのコンサートでこと
近くで買い物をしたのでビニール袋を持っていた
チケットもぎり係女性に即座に注意された
“すいませんが、クロークにお預け下さい”
もちろん自身も承知していたことだったが、流石と思った
いずみホールは800席のホールで響きのバランスがよいホール
その代わりに雑音も良く響く

鳥取市文化ホールだって500席のホールだから、シャカシャカがホール中に響く
演奏者にとってこのホール響きは良き味方ではない
先ずは容積不足で響きが不足し潤いがない、ほとんど直接音である
豊穣な響きで聴衆を魅了し、感動にいざなうと言うことは無いのである
だから演奏者は楽器の性能だけを最大限に利用せねばならない
豊穣さは聴衆への説得力にも大いに関与する

響きの質に関しては鳥取市民会館も落第だろう
この類では梨花ホールは合格点
だがキャパシティーが大きすぎて、室内楽や独奏には向かない

キャパ的に小ホールは適正だが、極端に音がデッドだから
生音が命のクラシック演奏にはまこと向かない

演奏会を主催しようとする者にとって、悩ましい限りだ
 
帯に短し 襷に長し
[PR]

by tomiot3 | 2011-12-02 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)