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ゴミ処理機修理 月見だんごも旨かった

我が家はずーっとゴミ処理機で生ゴミを処理してきた。
だからここ20年来生ゴミを出したことがない。
今使っているのが二代目、
相当以前からゴミが粉砕されなくなった。攪拌ペラの回転時に異音もしている。
生ゴミがさらさら粉状にならなくて、べとっとした状態までしか処理できない。

とうとう分解してみた。
分かった!攪拌ペラを回転させるプラスティック製伝達小歯車が欠け落ちていた。
早速瞬間接着剤を手に入れて、くっつけた。約2時間放置して組み立て試運転。
どうやら上手くいったようだ。
やれやれ、数万円得した気分だ。
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欠けている小歯車
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歯車接着
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ひとまず修理完了
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中秋の名月だというのに昨日来の悪天候、一年一度の機会が台無しになった。

まあだんごを食べるのが目的だから、まあ許すか。
ススキと赤白の萩を花瓶に挿して,申し訳程度のお飾り。
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だんごはまきの粉に白玉粉をちょっと混ぜて、さらにツヤっぽく、モチモチにした。
小豆は大納言、里芋を加えて芋名月をちと気分だけ出した。

当地は夕方頃がピークとの予想だったが、肩すかしを食らった。
この台風のsなかと笑われるが、正午過ぎは小雨降るだけで風も無し。
約1時間砂丘方面に歩いた。
気温も20度に届かない。随分変わってしまったものだ。

この頃の台風は強くてでかいから、通過する地方は大変だ。
この頃は、大木が倒れたり、車がひっくり返るのが当たり前の景色になった。
それにしても毎度だが、あれだけ注意の情報を流しても、
釣りに出掛けて波に攫われたりする。死ななきゃ直らない類いだろうか。

ただ、台風様々もある。
群馬県辺りの矢木沢ダムの貯水率が気になって、ちょこちょこデータを見る。
どうやらこの度の台風である程度貯水率が回復するようだ。
東京はじめ関東地方の給水制限も解除されただろうか。

台風は被害をもたらすが,一方大切な水資源でもある。
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by tomiot3 | 2012-09-30 22:03 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

バロック考 バロックヴァイオリン赤津眞言

バロック考
バロック音楽って?16世紀後半から18世紀半ばまでの音楽を指している。
バロックの言葉の意味は「いびつな真珠」(ポルトガル語barocco)が語源であるとされている。過剰な装飾を持つ建築を批判するための用語として、17世紀から18世紀までの芸術一般におけるある種の様式を指す語として定着した。
 
 建築、絵画などに於いてもバロックと称する。バロック音楽以前のルネサンス期のものはルネサンス音楽と言って、対位法(複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和させて重ね合わせる)を駆使した音楽だった。
 
 バロック音楽は一般に通奏低音(チェンバロなど)の使用と、感情に則した劇的表現が特徴であるとされる。今日のオペラの原型や、声楽から独立した形での器楽はこの時期初めて確立された。
 
 バロック期は概ね次のように時代区分整理されている。

初期バロック(1545生まれ~1598生まれ)
 ルネサンス期から混然と混じり合いながら移行発展をしたのだろうか。
カッチーニのアヴェマリアとして知られているジュリオ・カッチーニはこの期の最初を飾る。ただし、アヴェマリアは実際には1970年頃ソ連の作曲家ウラジミール・ヴィヴィロフの作だとされている。歌詞がアヴェマリアを繰り返すだけというのが、バロックの様式とは違うそうだ。
この期の作曲家は凡そ64名、そのうちわが国で名が知られた作曲家として、G.ガブリエリ、H.プレトリウス、C.モンテヴェルディ、などが並び、
今回登場するB.マリーニもこの期の人だ。

中期バロック(1600年生まれ~1649年生まれ) 
この期の作曲家は凡そ76名、今期になるとバッハ一族の名がちょこちょこ顔を出す。
E.モリーニ、J.j.モリーニ、J.B.リュリ、G.B.ヴィターリなど。

後期バロック(1650年生まれ~1713年生まれ)
なんとこの期はバロックが花咲いた時代でざっと182名の作曲家が判明している。
カノンで有名なJ.パッヘルベル、G.トレルリ、T.A.ヴィターリ、かの有名なH・パーセル、F.スカルラッティ、D.スカルラッティ、悪魔のトリルで知られるG.タルティーニ、G.P.テレマン、J.P.ラモー、そして偉大なJ.S.バッハ、G.F.ヘンデルの登場となる。
今回登場のG.A.アヴィトラーノ、R.カイザー、G.フィンガーは皆この期の作曲家である。 

 一応この様に区分されているが、初期のルネサンス期と接する頃、後期の古典派と接する頃は、時代と様式がオーバーラップして、その辺りの混然とした変遷を知るのも音楽の楽しみである。
 対位法、モノフォニー、ホモホニー(和声付単旋律音楽)、ポリフォニー(複旋律音楽)、ヘテロフォニー、シンフォニーと時代とともに変遷する音の形式をパーストリーナ、パッヘルベル、バッハなどの音楽を材料にして音楽の森を探検するのも一興ではないだろうか。
 
 汲めども尽きせぬバロックの泉、一生のうちに聴ける音楽は実にたかが知れていることを思い知る。
ただひたすら音楽の道への探訪をするだけだ。

 赤津眞言さんのバロック探訪はもっと深いところにあるのだろうが、こうしたことの易しい解説を聞いてみたいと思っている。
赤津眞言さんは、なにせ古楽の総本山的なオランダ、ベルギーが本拠だから、日本での視点と異なったところで音楽を観ていらっしゃるようだ。

このプロフィール、解りづらいので後日再生のうえ再掲します。
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by tomiot3 | 2012-09-30 21:30 | コンサート | Trackback | Comments(0)

東京駅復元

東京駅復元・耐震(免震)工事が終わり、明10月1日にグランドオープンする。
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東京駅は昭和19年夏(7月か8月)僕ら兄弟4人は両親の見送りで
鳥取の田舎へと旅立った。当時6歳だった。
折しも空襲が激しくなるので、集団学童疎開を両親は避けたいと田舎疎開をさせた。
プラットホームでの両親との別れの辛さは今でも忘れない。

今日、NHKで「東京駅の赤煉瓦を復元せよ」をしっかり観た。
その中にプラットホームの屋根を支える鉄柱が紹介された。
そう言えばこの様な景色だったと不確かながら記憶が甦ったような気分だ。

終戦後復元された東京駅が本当の姿と思っていた。
だが爆撃で焼かれ終戦後復元した時、三階とドームは復元されなかったと言うことだ。

東京駅は当初当時の最先端技術であるコンクリートを使うとしていたが、
設計者の辰野信吾は伝統的で実績のある鉄骨構造赤煉瓦とした。
耐震的には鉄骨だけで十分堪える設計だった。
だから関東大震災でもびくともしなかった。そして多くの被災者を迎えたという。
昭和20年5月東京空襲で焼け落ちたが、煉瓦作りが救ったようなものだ。
コンクリートだったら焼け崩れるか、強度を失っていただろう。
煉瓦は元々焼き物だから耐えたのだ。
今回の修復で梁の大鉄骨が熱で湾曲していたことが判明した。
それでも壁は崩れ落ちなかった。先見の明とはこのことか。

今度の復元は徹底的に細部まで復元されたようだ。
三階とドームは勿論、内装・装飾に至るまで復元された。
そして免震化に伴う工法といい、日本の土木技術のすごさを思い知った。

中央屋根のスレートは、宮城県雄勝町の天然スレート、
納期寸前に3.11に遭った。工場が壊滅したが、がれきの中に梱包されたスレートが
70%残っていたという。1枚1枚丁寧に洗い納めたという。
なんという感動的物語だろうか。
東京駅を観るときは屋根にも注目したいものだ。

三階のステーションホテルは豪華そのもの、僕などは泊まることはないにしても、
建築当時、鉄道省総裁だった後藤新平が世界に誇れるものにしろ、
と言った精神が東京駅舎全体と共に脈々と息づいている。

やっぱり日本のキャピタルは凄い。
なにもかにも東京集中で悔しいが、地方の鳥取などは寂しい限りだ。
むしろ田舎ほど目先の経済性に重点を置いている。
これは紛れもない事実である。先見の明という言葉は通用しない。
言い換えれば、安もん買いの銭失いを繰り返している訳だ。
ことに何何・文化には金をかけない。
そのくせちょこまかと無駄使いが横行している。
夢がない、ビジョンがない、これに尽きる。

東京は東京スカイツリー、東京駅か。
でも一方で僕は古い伝統の江戸の香や下町に好意を寄せている。
東京は面白い。
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by tomiot3 | 2012-09-29 22:13 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

合唱の地域差

東日本大震災に関連して、
この地方の学校で校歌などを歌う場面に接することが出来た。
小、中、高いずれの段階でもおしなべて上手であることは誰でも分かるだろう。
普通に歌えていることが大切で、普段の音楽授業で基礎が出来ていることが推察できる。
鳥取県内の学校が卒業式や修了式の場面映像が流れるとがっくりする。
校歌などを歌う場面はとても学校の状態がよく分かる。
大抵はアゴを突き出し、喉声、地声で歌っている。だからハーモニーする以前の話だ。
この僅かな情報から普段の音楽授業が見えてくる。
最低限の声の出し方、歌い方が教えられていないことが歴然である。
少なくとも小学校、中学校の義務教育機関においては大切で、
先生の認識があれば容易いことである。

この基本は歌ったりするほか、通常の会話でも言葉を響かせる事で生きてくる。
最近はとみに口先でぺちゃぺちゃ喋る傾向が強いのではなかろうか。
プロフェッショナルで有る筈のアナウンサーでも最近そうした傾向が在るように思える。

振り返って、先の中国コンクール考でも触れたように、
地域差がはっきりとしている。
残念ながらわが県は中国5県の中で一番遅れていることが如実であった。
これは近年に起こった現象ではなく、永くこの面の学校教育における音楽教育の軽視、
不認識などなどが如実に表れているように思えてならない。
この傾向は広く教育全般にも影響を及ぼしているのではないかと危惧している。

直接的に言えば、教員レベルの問題である。
国語、数学、理科は勿論大切なこと分かっているが、
人の知性や理性は芸術的センスがもたらすこと大であるから、
音楽や絵画の素養は人の脳の必須ビタミンとして機能している。
ブラスは応援など実用価値も加わって、そこそこ力が入っているが、
合唱は置き去りの感深しである。
今一度,教育界は合唱音楽の重要さを知る必要がある。

お隣の島根県と較べれば、恥ずかしい状態であることを肝に銘じて欲しい。
少なくともこのことの克服なくして、教育県などと名乗れない。
ひょっとしたら、
不登校や苛め、その他非行の原因はその辺りに在ることに気付かないだろうか。
本来苛めは大なり小なり、いつの時代でも存在する。
だが古今東西、一種の文明病として認識し、
対処療法的直接解決策ばかり追っていないで、
いま一度遠回りして大切な子どもを育てる気概が求められている。
学校も家庭を含めた一般社会もである。

延いては学校の合唱レベルの向上は、将来の大人の合唱レベル向上の特効薬でとして
効果を顕すことになる。
他県ではその効果がはっきり現れているから確信的なことである。
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by tomiot3 | 2012-09-29 21:00 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

砂丘の美しさ

NHkローカルが又砂丘植物を得意げに報じた。
先般はウンラン、今日はハマベノギクだった。
遠景から照らすとほぼその場所が特定できる。
この様な報道があると、必ずと言って良いほど不届き者が採取に訪れる。
これらは群落したり、繁茂力が強くない植物だからそっとしてやりたい。

一方ハマゴウは非常に繁殖力が強くて、どこにでもはびこる。
砂丘内外のあちこち繁茂し、群落をつくっている。
むしろハマゴウは砂丘景観を損ねる植物と思っている。
僕のウオーキング道の崖からも垂れ下がっている。
このハマゴウは昨年道路管理者がすっかり刈り込んだのに、
今年はこれ位まで回復した。まさに驚異的だ。
実はこのハマゴウが灼熱の太陽の輻射熱を和らげてくれるので、
僕は裾を刈ったりして大事にしていたが、道路管理者には敵わなかった。
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今日の午前11時頃の砂丘は美しかった。
碧い空、青い海、白い砂丘、日陰のグレーの砂丘。
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by tomiot3 | 2012-09-28 21:40 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

チェンバロ考 岡田龍之介

バロック音楽とチェンバロとは切っても切れない。
チェンバロが出現したのは、15世紀頃でその前進はチター族に鍵盤を付けたのがはじまりという。
発音はピアノの場合はハンマーで弦を叩くが、チェンバロは爪状のプレクトラムで
弦をひっかいて発音する。

イタリア語でチェンバロ、フランス語でクラブサン、英語でハープシコードという。

チェンバロは主に独奏、伴奏、通奏低音、協奏曲の独奏楽器として使用される。

この鳥取での本格的チェンバロの初演奏は、2008年11月ルーテル教会での
オーケストラ・ファン・ヴァセナールの室内楽シリーズであった。

ほどよい大きさの、ほどよい響きの教会に響き渡ったチェンバロの透明な音の説得力。
当日のお客様の大多数は本物のチェンバロの生音を初めて聴かれたことだっただろう。

その後、このバロック集団は、2010年、2011年そして2012年に4度目の来演となった。

岡田龍之介氏所有のイタリアンを直接持ち込まれ、音の立ち上がりの良さと歯切れの良い
音に魅了されどうしであった。

この度もやはりイタリアン・チェンバロが使用されると思うが、派手なようで居て奥ゆかしい
チェンバロの存在をまたまた認識することになるだろう。

ここでチェンバリスト 岡田龍之介氏を紹介しよう。
単独での来鳥を含めると、今度は6度目の鳥取である。
ファンの方にはすっかりお馴染みの筈だが、教会での小さなコンサートばかりだったので、
又リピーターの方が多かったので、まだまだ限られた方しかご存じなかろう。
この度は梨花ホールを使うから溶融しゃくしゃくで多くの方にチェンバロを聴いて頂ける。

プロフィール
東京生まれ。慶応義塾大学経済学部、東京藝術大学楽理科卒業、同大学院修了。音楽学を角倉一朗、チェンバロを有田千代子、渡邊順生各氏に師事。全国各地で演奏会を行い、とりわけ国内外のバロック奏者とのアンサンブルで培った通奏低音には定評がある。第13回及び23回山梨古楽コンクールではチェンバロ部門の審査員を務める。またほぼ毎年訪れる韓国や、ドイツ公演など海外でも演奏を行なう。2003年にリリースされたソロCD”銀色の響き”(レコード芸術誌準特選)をはじめこれまでに8枚のCDがある 。古楽アンサンブル「ムジカ・レセルヴ ァータ」主宰。現在、洗足学園音楽大学 、都留音楽祭各講師。鴻巣FM音楽番組�クラシックの散歩道�メイン・パーソナリティ。

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by tomiot3 | 2012-09-28 21:07 | コンサート | Trackback | Comments(0)

ヨーロッパ 南から北へ 武澤秀平

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武澤秀平氏は日本におけるオーケストラ・ファン・ヴァセナールの室内楽シリーズの
固定メンバーでチェロ、ガンバを持ち替えで演奏できる能力は貴重である。

軟らかなボーイングから生み出される音の質はまろやかにして、時に響きを保ちながら
ダイナミックに表現する。

新日本フィルハーモニーのフォアシュピーラーと言う重責を熟しながら
バロック演奏の活動も活発で毎度彼の演奏を聴ける楽しみが待っている。

プロフィル
桐朋学園大学音楽部バロックチェロ科講師
 東京芸術大学音楽学部付属音楽高等学校を経て同大学器楽科チェロ専攻卒業。
同声会賞受賞、新日本フィルハーモニー交響楽団フォアシュピーラーとして活動する傍ら
バロックチェロ、ヴィオラダガンバ奏者としても活動中。
「東京芸術大学バッハ・カンタータクラブ」「ザ・バロック・バンド」
「オーケストラ・シンポシオン」「バッハ コレギウム ジャパン」
「ロゴス・アポカルプスィス」の演奏会に参加。
内外演奏家のマスタークラスを受講。チェロを崎野敏明、山崎伸子に、
ヴィオラダガンバを福沢宏氏に師事。

フォアシュピーラーとは?
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by tomiot3 | 2012-09-27 21:00 | コンサート | Trackback | Comments(0)

安全保障

中国との紛争は当分片付きそうにも無い。
又、下手に出て早期解決を図ってはいけない。

対中貿易が停滞すれば、余りにも中国依存が過ぎたツケを払わなくてはならないだろう。
観光面もそうで有る。確かに中国、韓国との相互交流は大切だが、
わが県なども観光面で依存度が高すぎはしないか。

又食糧にしても中国依存度が高すぎることが足かせになってきた。
例えば大豆などがそうで、醤油、味噌果ては納豆など大豆製品関連業者は大変だろう。

しかしよくよく考えてみれば、国内の有休耕地を有効活用せず、
農業者への手当もせず、いたずらに輸入依存した結果が出ただけの話。
食料自給率向上を怠った国政(農政)運用の誤りを正す良い機会では無いか。
一生懸命やれば大豆など自給出来るだろう。
たとえば山形県は納豆県だが、その大豆は自給が基本だ。
その他茨城県などはこれから調べてみる。

各種企業の中国進出も猛省する良い機会だ。
目先の採算だけで国内を飛び出し、ビジョンを失った結果が出ただけだ。
中国は尖閣だけの問題だけで無く、将来に亘ってあらゆるリスクが予想できる。

この度の騒動で各企業が被った損害は少なくないだろう。
国内回帰を決断するときだ。

金、金、金の中国体質は決して正されることは無いだろう。
他人(ひと)のものは我のもの、が根本に在ると思いませんか。

県内の観光地でも中韓の観光客をターゲットにしてきた。
幾度か目撃し、経験したことがあるが、彼等のマナーたるや最低である。
だから彼等が多く利用する旅館ホテルなどは、欧米人はもとより、
我々もその様な施設は利用したくない。

一時の繁盛は未来の客を失うことになる。
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by tomiot3 | 2012-09-27 21:00 | 多論好論 | Trackback | Comments(0)

とっとり楽友協会のあゆみ

大宿題 とっとり楽友協会創設以来の記録整理。
ほとんど出来ていないので、危機管理的にも急がれると思いながらも
ついつい手が付けられない状態だった。

あれこれ考えていても仕方が無いので、
取り敢えず、資料をスキャンニングして、
Agreeというプレゼンテーションソフトに記録する作業を始めた。

初回のコンサートは、
1994年6月7日、
記憶も相当薄れているので、資料が無ければ無理な話。

再来年は創立20周年になるので、特に整理が急がれる。

どうしたわけかチラシが見つからない。だからこんな事になるんだ。
ポスターは有るんだが、でかすぎてカメラに収めてからでないと駄目だ。
仕方なくプログラムから、先ずは拾うことに。
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緒に就いたばかりでこれkらが大変だが、やるしか無い。
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by tomiot3 | 2012-09-26 22:19 | コンサート | Trackback | Comments(0)

また合唱のこと 合唱と教育

中国合唱コンクールで,ちょっと火が付いた。
合唱への考えと思いをつれずれなるままに綴った。
かなり乱暴な部分もあるがお許しあれ。

合唱と教育

まえがき
 今に始まったことでは無いが、合唱役員から遠ざかってから初めて、中国合唱コンクールをしっかりと聴き、合唱の人々の動向をつぶさに観察してきた。
このことで改めて合唱と学校教育の問題について自己考察を行った。
 特に注目し、関心を持っているのは中学校と高等学校の合唱事情を知り、教育に果たす役割と実際の学校現場の取り組み、或いは教育界の目指すところ、そして地域による認識の違いについて推察することにあった。
すなわちこの度のコンクールで中国各県の状況を知るまたとない機会であった。
と言っても鳥取県における合唱のレベルを直に確認し,認識することから始まるのである。

中学校部門
 本来ならば小学校からの考察が必要であるが、このコンクールでは中学校からなので、義務教育の中学校を知れば、小学校についても十分推察するにたると考える。
 今回中学の部に出場した学校は、少なくとも選ばれて出場したのだから、我が県内では合唱に取り組み、レベルも上等の部類と観るのが順当だろう。
 隣県の島根県は永くハイレベルの学校音楽が行われてきたことは、多くの方の承知しているところである。小学校から始まって、中学校、高等学校、そして公立、私立のく別なく,ハイレベルを維持している。
 わが県では中学校部門が始まった当初からしばらく、部やクラブというものは皆無だった。ほとんどが選択音楽という名称を付けていた。他県から見るとふしぎだったようで、尋ねられたものだ。“選択音楽”ってなんですか。“いやー選択授業の生徒が合唱に取り組んで出場したんです”納得はしてくださるが、へーという感じであった。中学部門が始まった食の3年間は、各県理事長推薦で全国大会に出場できたから、全国の方々からも同じ質問を受けていた。
 形や名称は本来どうでも良いことだが、教育界つまり教育委員会や学校当局の合唱への取り組みと理解度とが相関関係にある訳である。
 ハッキリ申せば、それらの機関は全く合唱の教育における効用も必要性も理解していなかったと言うことだ。
 この度の大会では、合唱部、あるいは音楽部合唱クラブと名乗った学校と,旧来の名乗らない学校が一校だけ出場した。これは大変な進歩ではないか。少しは合唱取り組みの学校が増加傾向に有り、それに連れて授業の一貫では無く、部活動として合唱に取り組んでいると言うことだろう。
だから今後の学校自体の努力や合唱連盟の支援によっては、まだまだ拡大発展の余地を残していることを知る訳である。
 合唱レベル、イコール教師のレベル、これって分かりますか。生徒達は島根県であろうが広島県であろうが、鳥取県であろうが、元々レベルの差なんて有るはずが無いのである。どこで差が付くかと言えば、指導者つまり学校では教師の能力如何に係っている。
 広く言えば保護者も関係あるだろうが、直接指導する教師の役割は9割或いはそれ以上だろう。
 それでは教師のレベルは一体どこからもたらされるものか。その根源は教育委員会の音楽への理解度と教員採用におけるコンセプト、採用方法が重要である。合唱を少しでも認識していれば、合唱の指導できる教師を採用するであろう。そして採用された教師は教育委員会と学校の理解が先ずは必要である。それともう一つ重要なのは教師自体の合唱音楽の理解と情熱であろう。その上で生徒に対する吸引力とたゆまぬ研究による自己研鑽、それが合唱力につながれば、自ずと生徒の畏敬を集め、惹いては教育効果が上がることとなる。今まで他県では有るが、その様な教師を幾人も見てきたので確信的なことである。
合唱指導ができる教師は教育者として大事な武器を持ったことになる。これ程強い味方は無いのである。恐らく非行やいじめは激減である。
今回の中国コンクールに於いても、その様な光景を目の当たりにした。むしろ麗しくもあった。
 合唱活動を通じて、独創性(創造力)、協調性、精神昂揚、などあらゆる効用がはぐくまれる。ステージにすくっと立った生徒達の姿を見てご覧なさい。今どきの・・・などという言葉は失せてしまう。 

高等学校部門
 今鳥取県の学校音楽は重要視するどころか、軽視の方向に進んでいるとしか思えない。
県内高校では音楽教師が講師で補われている事態に進行している。どうしてだろう。教育への採算性の導入だろうか。こうなっては鳥取県の未来は音楽に留まらず、希望の無い、人材育成もままならない教育県となるだろう。現に音楽だけでは無いが、あらゆる面で教育レベルの低下と人材育成の遅れが目立ちだした。例えば企業への人材供給がままならないので、在来企業そして誘致企業の人材確保に支障を来している。これはすべからく教育と人材育成の停滞を意味している。小さな県でやるべき最重要課題は教育と人材育成である。
 かっての名門校も消え入らんばかり、或いは一校だけでは成り立たないため、三校合同で合唱団を組んで出ている。これはこれで褒めてやりたいが、何故かっての名門校を含めて合唱音楽が軽視されているのか。一体校長以下の学校管理者は如何様な考えでいるのか返答して欲しい。
 さらにその上の教育委員会はどうなのか。大阪橋本市長が教育委員会不要論を唱えているが、これには一理ある。委員会がほとんど機能せず、その事務局の長である教育長が実権を握っていることには大いに改組の必要性を感じている。以前から思っていることだが、極論すれば教育の低迷が有るとすれば、その根源は教育委員会に有りと思っている。
 かって島根県の有る先生との会話。当時は鳥取西高校はレベルが高く、追いつけ追い越せが合い言葉だった。その努力の一つ、島根大学のある教授が指導者の育成に力を入れ、指導者を沢山送り出し、学校への人材供給を行った。それがやがて開花し、合唱県となって全国レベルを未だに維持している。現在では山口県、広島県のレベルが勢いよく向上しつつ有り、岡山県も侮れないほどにレベルが向上しつつある。
ひとり鳥取県が置いてきぼりで良いのだろうか。

まとめ
 そうした厳しい環境下でこの度の中学校、高等学校の活躍健闘は讃えて然るべきものだ。
子どもたちの将来への影響も少なくは無いであろうし、合唱力向上のための方策を講じれば、他県への接近も可能である。
 今回のような中国大会、或いは各県の大会などに教育関係者は大いに出掛けるべきである。言われなければ出掛けられないなら、説得しましょう。招待状を出しましょう。
 最近の傾向として、私立学校が頭角を現している。当然レベルも向上し、もう少しで他県に追いつき、追い越せという間近にいることが救いである。これは何故なのか。一つの答えは指導者である。そこの指導者のことだけで無く、隣の島根県の指導者の指導を受けた効果なのであろうか。要するに指導の善し悪しが結果に表れると言う現実である。
事の重要性を認識することから始まって、教育界のみならず行政と我々を含めた県民の意識改革と努力無くして、事は成らない。
  
 
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by tomiot3 | 2012-09-26 21:55 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)