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大晦日ともなると

年の瀬気分はそこそこだが、大晦日になるとやっぱりするべき事って沢山有るもんだ。
おせち材の買い足しなど、あちこちの掃除、片付け、あー忙し。
おせちはきんとん以外、ちょこっとお手伝いするきりでほとんど妻が手がけた。
お金のこともあるし、二人きりだから極簡単にと言いながら、一応にはつくったようだ。
餅搗きは今日になってしまった。
大晦日以前に済ませておくべきだったと二人で反省。
昨夜から水に浸した餅米、1.5リットルを4個の寸胴に計6リットル。
朝食を済ませてから取りかかった。
白餅2つ、最初の白は.ほとんど鏡餅に化けた。ヨモギ、栃各一臼。栃は貴重品になってきた。
でも栃もち大好き、思い切ってⅠキロ手に入れた。
やっと正午過ぎに完了。つきたてにきな粉まぶしたら、柔らかくて旨かった。
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この餅搗き器は20数年使っている、いやひょっとしたら30年かな。
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妻が“なんだかに似ている”即座に“サンショウウオか”合意
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by tomiot3 | 2014-12-31 21:03 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

紅白と第九 NHK大丈夫?

パソコンに向かっている。
隣の部屋では「紅白」の騒音が鳴っている。
今日が近づくまでのNHKのうるさいこと、紅白と大河ドラマの前宣伝に躍起だった。
年々この傾向は強くなっているとは思っていたが、
今年の場合は激しさを増したように思う。
うがってはいるが、今日本の舵取りは国民の意思とは別の方向へ、
或いは国民をも曲げられると思っている。
そうしたことを遂行するには国民を馬鹿にするに限る。
音楽性だとか芸術性のない馬鹿馬鹿しい世界は、懐柔するのに好都合である。
お笑い多様の世界も似たようなものだ。
軟らか音楽もお笑いも適度なのは良薬だが、過ぎたるは・・・なんとやら・・・。
古今東西、時の権力はいつもこの様な手を使ってきた。

公共放送のNHKがあたかも国営放送ごときに振る舞っているのではないか。
以上のことが疑心暗鬼ならば良いが、遠からずとも当たっているように思える。
馬鹿騒ぎしている間に、国民の意図する方向と乖離したとんでもない方向へ舵を切っている。
地方創生という大風呂敷は、これまた恰好なエサのようだ。
設計図など描かないまま、いや設計図は有るだろう。
ディテールのない茫洋としたアウトライは描いて居るだろう。
しかしディテールの無いものにポンンポコポンポコよく金を出すといえるものだ。
これこそ本物のバラマキだ。
籾殻が稔るだけに終わるように思える。
気がついてみたら(本当は知っている政府)火だるまの国家経済か。

さて、元に戻ってNHK様のこと。
ガヤガヤ聞こえてくるのは、女の子の集団が黄色い声で歌っている。へたくそっ!うるさいっ!
と言いたくなる。
先程隣の部屋に行ってみたら、妻は昼の正月準備で疲れはてて眠っていたようだ。
騒音を子守歌にしていたらしい。
目が覚めた!丁度20時だった。“Eテレに変えて”とのたまわった。
これまた好例のN鏡第九だ。
そう言えば「第九」のことなど、ほとんど宣伝してなかった。
見るべき番組も多いが、NHK受信料を払いたく無くなることの多いこと。

NHKさんは紅白にどのくらいお金使うのだろうか。






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by tomiot3 | 2014-12-31 20:36 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

師走のどん詰まりに思う

わが日本のきめの細かさ、特に物づくりにおけるそれはわが国の宝で有り誇りに思う。
只その様な感性がちっとも届いていない部分が日常的に無頓着に有る。
そのひとつが、美しい上空を覆う張り巡らされた電線・通信線、無粋な電柱類だ。

昨日テレビを観ながらつくづくそう思った。
たまたま東京とパリの風景だった。
東京に限らず全国どこそこの都市、
またパリに限らず欧米の各都市との比較である。

東京の下町のある風景。
有る川と未知に挟まれたちょっとした広場の向こうは高層マンションが立ち並んでいる。
一見して蜘蛛の巣のような電線・通信線類とそれらが絡まるように支えている電柱、
その絡まりようも実に美的でないのである。
電柱の装柱金具とその絡まりは一層美しくない風景を形づくっていた。


一方、パリに風景。
エッフェル塔やノートルダムを背景としたいつも見ているような風景。
電線類や電柱とおぼしきものは全く視界に入らない。
世界まち歩きなどという番組を好んで観ているが、
路地や裏道でも電線電柱はほとんど見かけない。

発展から見放されたような東欧のある国でも同じである。
日本がなぜこの様になってしまったか?
有る人が言った。
明治文明開化の一つが電線・通信線が上空に張り巡らされることが象徴の一つだった。
それも一つだろうが、それらを受け持つ会社に義務を負わせなかった。
国策だったんだ.その会社は日本国だった。

鳥取市でも幹線の一部は一時地中化が推んだが、このところその様な工事はお休みのようだ。
路地や裏街道は電柱が狭い道の邪魔をして、その上空は蜘蛛の巣のごとくである。
防災そして安全上も地中化によるメリットが大きい。
この一点だけ見れば、わが国は後進国ないしは発展途上国だと実感する。
私たちの二面性とでも言おうか、ある面では繊維祭・緻密、またある別の側面は無神経、無頓着、
考えて見るにそれだけ我が日本人というのは、多様性に満ちた人種なのかも知れないなどと自己納得する。
言い換えればご都合主義なのかも知れない。


日本への海外旅行客を迎え入れる体制の整備とはハードと共にソフトの開発と発見に重点が置かれることも必要だ。
2020東京オリンピックの前後を境に海外観光客の増えることは明らかだろう。
むしろチャンスとして全国的規模で取り組む必要があるだろう。
そうしたことを受けると電線類地中化はひとつのインフラ整備としてもっと重要視してもよいと想う。
写真を撮ろうとすると絶えず電線電柱が視界に入る。まったく興ざめである。
スケールを縮めて近隣を考えると、砂丘地の近くとそれに連なる街道だけでも一切の電線電柱類の排除が必要だ。

先の鳥取市街路のケヤキ並木の一件でも、その理由の一つに挙げられていたのが、
電線との接近接触であった。本来この様な理由は他に方策が有る限り伐る理由にはならないが、
地中化する事により回避するという考慮が為されなかったのが口惜しい。

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ある時、現在歩道を十数センチ拡張する改良工事が行われている旧国道29号線(県庁~立川町方面)
その歩道は誠に狭く、その上電柱や交通標識などの柱が立っている。
ある時ついよそ見をしながら歩いていると衝撃で目から火が出た。
電柱にぶつかってしまった。全くとんまな話だが、
普通の歩行速度ながら、その衝撃たるやすごかった。
現在の改良後も電柱や標識の柱が残るのがすごく気になって仕方がない。

阪神淡路大地震以降の地震や台風による状況を見ていると、
地中化していればと思われる倒壊による人的被害を含めた被害、停電などの件数は減らすことが出来るのではないか。
当然、地中化によるデメリットがゼロでないことは承知している。
例えば地震時における地殻の移動沈下などでのケーブル断線等が想定される。
この場合、適当にエキスパンションを入れることでかなり軽減出来る。
また復旧時の困難さも予想されるが、
標定器などにより故障点が早く検出されれば仮復旧はスピーディーに出来るだろう。

ずーっと昔、電力関係者の方々が地中化を敬遠していること知った。
その理由が復旧が難しくなると言っていた。これは幾らでも論破出来る。
要するにその心は、地中化への投資を嫌った訳だ。
日本の景観への影響や災害未然防止などになると、
途端にトーンダウンする。やはり経済性優先の国であり、社会なのだ。
その先頭を切るのが、国策会社日本国である。


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by tomiot3 | 2014-12-31 15:25 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

今年の稔りは有ったか

今年も残すところ二日、歳と共に年末年始の感慨が薄れる中、
否応なしにあたふたとする日々を送ってしまう。
午年こそ転機をつかみたいと喘いだが、結果的に蟻地獄に嵌まってしまった。
とっとり楽友協会20周年の集大成に取り組み、9月の2日間に亘る《とっとり音楽祭》、
エンディングとして、11月には《『《バッハ》を囲む巨匠達』》を四苦八苦の末、ひとまずの体裁を整えた。
準備期間に余裕を持たせることが出来なかったこ不安が、見事的中し、
大方の音楽ファンの賛同を得ること能わず、集客数は実に心残りになる結果を招いた。
出演者の方達のレベルの高さをより多くの方々に知って頂くことが出来なかった。
返す返すも残念、今後への課題を残してしまった。
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9月音楽祭における初日、かって聴いたことが無いと多くの方に言わしめたベーゼンドルファーの奇跡的な音。
このベーゼンを余すところ無くな鳴らし切ってくださった川上ミネさんと智内威雄さん、そして音楽の悦び。
その向こう側には、斉藤智さんというピアノチューナーの匠の技が絶妙な音の世界を照らしていた。
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鳥取に初めて持ち込んだフォルテピアノ、製作者の深町研太さんと共にやってきたブロードウッド社製(1802年)
のレプリカは鳥取に鍵盤楽器の新しい歴史を刻んだと自負出来た。
羽賀美歩さん鍵盤裁きと音楽の自由闊達さに支えられた藤井雄介さんのテノール独唱は、
シューベルトの「至福」が歌われた如く、文字通りのものであった。
県出身者のテノール山本耕平さんの活躍ぶりを知るにつけ、同じテノールであっても、
微妙な音質の違い、分野の違いを乗り越えた藤井さんの歌唱の素晴らしさを想い出す。
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二日目は、我が鳥取出身のヴィオリスト棚橋恭子さんとその仲間によるヴィオラ・クァルテット
「アルト・デ・カンパーニュ」は超息の合ったアンサンブルで希少価値のヴィオラカルテットへの認識新たなり
を強く印象付けてくれた。若いメンバーのほとばしるような音楽は斬新かつ爽快であった。
鳥取においてすっかり顔なじみのバロックヴァイオリンのヴィルトオーゾ赤津眞言さん、チェロの武澤秀平さんに
新進のヴァイオリニスト長山恵理子さんが加わるオーケストラ・ファン・ヴァセナール番外編のバロック室内楽は
未知の世界の魅力を知らしめてくださった。
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声楽アンサンブルは赤津眞言さんの率いる「アトナリテクール」によって、これまた未知のアンリ・デュモンのオラトリオを
オーケストラ・ファン・ヴァセナールによる古楽案サブると共にスケールの大きな演奏を展開、音楽の世界の広さの一端を鳥取の人々に感銘をもって受け入れられたのではないだろうか。
またオーケストラ・ファン・ヴァセナールの土台として恒に通奏低音、時にソロを受け持たれている張張りスト岡田龍之介さんが永年にわたって活動の古楽アンサンブル「ムジカ・レセルヴァータ」は~二人のフィリップ~と題して、フィリップ・エマヌエル・バッハとゲオルク・フィリップ・テレマンに光を当てた演奏は、緻密で自由闊達な古楽アンサンブルで多くの人々に感銘を与えたようだった。9月14,15日の音楽祭は実行する者としては、大変にハードではあったが、出演者の方々の塩素プレベルの高さと熱演でイマニしてみれば、良き想い出の詰まった宝箱となった。  
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11月30日、オーケストラ・ファン・ヴァセナール『《バッハ》を囲む巨匠達』2008年以来のこのグループによる鳥取コンサートでは、過去最大の8名による編成で、躍動感に加え、アンサンブルにさらなる厚みとディナーミックが加わって、バロック音楽の醍醐味がここに極まった感が強かった。何時ものこと乍ら、バッハ、ヘンデル、テレマンのようにわが国で知名度が無くとも、深いバロックの森をまたまた教えてくださる赤津眞言さんの音楽への情熱と博識に知性が加わった演奏の数々に酔いしれるばかりであった。
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by tomiot3 | 2014-12-30 16:57 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

空しからずや

改選された市議会議員の一人、秋山議員の転びで市庁舎が新築移転に決まった。
“市庁舎の悶着に決着を付けることで市政を前進させたい”と言う趣旨のことを喋ったそうだ。
すり替えも甚だしい見解で、言い訳である。
なぜ、自分に票を投じた人々を欺いたのか、ならばなぜ改修に筋を通さなかったのか。
噂に寄るところだが、市長とある与党の裏工作が功を奏したと言う。
裏話、詰まり闇の世界である。
秋山議委員も民意を裏切った側の一味となった。。
志向レベルの低さに呆れるばかりだ。

我々改修意見派によっては、なんともやりきれなく、割り切れなく、慚愧に堪えない。
5万有余の市民の意思が結果的に踏みにじられた悔しさは、未来永劫消えることはない。
国と言い、地方と言い、民主主義への誘導をしなければならない中枢が、
率先して破壊者になって行く様は、愛国心も地元愛もへったくれも無い状態になった。
中でも尤も身近な行政と議会の無能力さと定見の無さに驚くと同時に無力感を惹起した。

振り返ってみるに、改修派も新築移転派も鳥取市の将来像を訴える力も無く、
只ひたすら市庁舎だけの論争になった。
本来、市庁舎は単なる仕事場の整備である。
と同時に市と市民の歴史的経緯や背景を背負っている。
従って、その為に位置条例で歯止めをかけている。
もっともっと大切なことは、鳥取の未来像を行政と議会と市民が善き結託をして理想的鳥取を
如何にすれば構築出来るかを語り合い、構想する事ではなかったか。
今までの中心市街地だけに焦点を当てる手法は今や錆びた刀である。
鳥取sの根本的改造を郊外と山間地を含めて一台構想を打ち立てねばならない。
こうしたことの無きがままに市庁舎問題のみで数年間を費やしたことが口惜しい限りだ。
ああ、市職員、議会にこうした見識者が居なかったのか。
有識者と言われる人々とは一体なんなのだ。
まこと腹立たしい。

未来又は近未来を見据えた自治体との差がハッキリ見えてきた。
例えば、2020東京オリンピックは数年先に迫っている。
鳥取も観光客誘致にはそれなりの力を注いでいるであろう。
しかし、今現在の情報では、具体的に東京オリンピックの波及をどの様に呼び込むか、
と言う話は耳に入ってこない。
先日岐阜県高山市への外国人観光客の現状が放映されていた。
2014年は2数万にという数字だった。これだってすごいと思ったが、
東京オリンピックに向けてさらなる増加を図るべく、具体的実行を行っている。
観光ガイド、各営業者への会話能力と接客の能力向上、バス運行へのてこ入れ、
などなど実に力強い地域連動である。
行政の後押しは、民間がたじたじする程のパワー感がある。

高山は元々すぐれた」観光資源と文化を持っている。
それは近隣の下呂温泉、古川、白川郷との連系も有ろうし、
あるがままの日本の姿が受けているという。
台湾、韓国、中国はおろか、欧米人の人々も目立つようになっている。
ことに欧米人は欧米型の店舗や商品には興味が無く、
日本そのままの飛騨牛を筆頭に、温泉、各種の店舗、高山祭の山車などが大受けであるという。
そして、貸し自転車では、日本の風景、里山、民家、農村の暮らしに興味を持って、
ツーリングしている。
在る外国人が語っていた。
“日本人の生活を知ることが出来た”
このフレーズは、心して吟味する必要がある。
東日本大震災の時の、日本人の振るまいが世界中に伝播した。
こうしたことも日本人そのものへの興味へ誘導するものが有るのだろう。

しこうして、鳥取はどうあるべきか、鳥取の誇れるものは何か、
無いとすればどの様にすべきか、考えたいものだ。
市街とと共に山間地と里山・農村部の再興は大いなる希望を抱かせるが、
これとて今の鳥取の状態ではおぼつかない。

今日シャミネに行ってみた。
その駅南の53号線沿いでは整地作業が行われていた。
スタバの用地だという。
スタバが必要だとは思わない一人として、
先に述べた、鳥取はどう在るるべきかという論点とは乖離している。
市庁舎が駅南になればという事だろうが、鳥取市の全体像が見えなくなった。
鳥取には百年の大計はなじまなかった。

都市緑化と言い、市庁舎と言い、あまりにも時代と未来に逆行しているように思えてならない。

非力と微力で鳥取に音楽をと投じた反半生はほぼ灰燼に帰した。
だから私自身には言う資格がないのかも知れない。
生誕地の東京に帰ろうかと強く思うようになってきた。
卑怯な振る舞いと知りながら、真の故郷を捨てる覚悟が出来てきた。
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by tomiot3 | 2014-12-26 21:13 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

鳥取市の未来が消えた日

鳥取の未来を見据える目を失った日。
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by tomiot3 | 2014-12-24 20:48 | 街と村づくり | Trackback | Comments(0)

のたっている冬

寒さが身に堪える我が身にとって、今日のような日は活動的になる。
久しぶりに日本海を眺めた。
のたりとした海、潮騒も全く聞こえない。
聞こえたのは、近くで母娘のはしゃぐ声だけだった。
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ポツンと一人。
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東から直接進入のANAもカラカラと軽快な音で、なんとなくのんびりと入ってきた。
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by tomiot3 | 2014-12-24 20:44 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

お付き合いクリスマス

クリスマス クリスチャンでなくてもクリスマスと言う行事に入れ込んでいる日本に住んでいる。
だから、ほぼ自然にクリスマスなどと言っている自分が可笑しくもある。
ケーキを食べて、それらしい食事をすればクリスマスだ。
大きなもも、小食良我々にはちょっと負担。
今年はフライパンで簡単に焼いた。所要時間30分。
焦げ目の付き具合がイマイチだった。味はグー。
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ケーキはでっかくても二人きりだから、カットしたのでOK。
ドッチにしようかな。
シュルプリーズのだから、どっちだって美味しいよ。
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by tomiot3 | 2014-12-24 20:35 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

朔旦冬至

朔旦冬至(さくたんとうじ)
19年に一度、新月と重なる日、つまり太陽と月の同調が実現する訳。
おめでたいこととして、祝われた時代もあったそうだが、
正直、この言葉を知らなかった。

咲く担当時の朝は、庭木が綿帽子をかむる朝だった。
さあ明日からは少しずつ日が長くなる。
待ち焦がれる春へ春へとぼちぼちながら歩む。
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by tomiot3 | 2014-12-22 18:13 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

若桜 オカリナ&ケーナ コンサート終了

若桜かりや横町完成記念イベントの日。
9時前に出発、途中かりや奏者の大西保江さんを拾って、
若桜線に乗車予定の津ノ井駅に向かう。ところが時間が有り過ぎ。
それではと郡家駅に向かう。
終日駐車出来るかどうかが問題だった。
念のため、JR駅園にたずねる。
“若桜鉄道に乗りたいのですが、駐車出来ませんか”
折しも郡家駅は改築工事中、“臨時駐車場があるからそこに駐めてください”
ヤー助かった。
ここでも時間余裕が有り過ぎ。天候は曇天ながら穏やかだが寒い。

暇を持て余し、建築中の郡家駅を観察、かねてから私案として橋上駅にして東西往来を図り、
橋上に駅舎並びに物産交流館、ミニホール等を造ったら・・・・。
現実は厳しく、駅舎と物産交流館に近い者が出来そうだ。
橋上にすると、現駅舎の空き地はそっくりパークアンドに利用出来ると思っていた.残念!
向かって右が駅舎。既に完成し供用されている。
右手が公共施設。2月末には完成し、3月運用とのこと。
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ここを跨ぐように造る勝手な構想だった。
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完成予想図
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そうこうするうちに若鉄がやってきた。10:07発の若桜鉄道。
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気になる乗客は?
若鉄社長さんほか、???
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出発、鉄道唱歌から演奏をはじめた。
横揺れ、縦揺れ、その合成揺れ。まことに愉快だ。
オカリナはまだ良いが、ケーナには酷な揺れだった。
私の進行ですすめたが、予定曲を陽香にオーバーする曲を演奏し、
お終いはまた鉄道唱歌で締めた。
でも何となく楽しかった。自己満足。

若桜に着いて一番の苦難は時間jとの戦いだった。
かりや横町の完成イベントだから仕方が無い。
その中でも花嫁行列で長持唄を三人のお年寄りが唄った。
今でも長持唄が唄える人が居るんだ。それは感動だった。
かりや横町テープカット
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提灯を持っている人が長持唄を唄う。
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かりや休憩処で時間潰しをかねて昼食。
先日食べたばかりの豚トロ丼を今日も、 大西さんも同調。
なんだか鼻がブタ鼻になりそう。
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やがて、町中を巡回してきた花嫁行列がかりやにやってきた。
例の三人さんが長持唄。
そのあと、以前にも増して、張りのある長持唄が聞こえてきた。
群衆の中のおばあちゃんが唄って居るではないか。
後で確認すると、予定外、飛び入りのおばあちゃんだった。すごいなー!
前列左から二番目のグレーのコートを着た背中の丸まったおばあちゃん。
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さーて、照明やPAの準備をしていたら15時になった。
お客さんは期待したよりも少ない。仕方ないか。
カラオケ伴奏での演奏、CD操作のため、演奏中はお客さんに背を向けたまま。
かろうじて真横下からの撮影。
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ほぼ1時間の演奏も無事終わった。
アンコールに コンドルは飛んで行く リクエストされる。
正直ケーナのコンディションはあまり良くなかった。
「ふるさと」皆さんにも口ずさんでいただいて、お開きとなった。
帰りの列車待ち、これまた苦難、17:29分発、寒い駅舎では持たない。
かりや横町で暖を取らしてもらった。
氷ノ山からの帰りだろうか、数人以上の若者の乗客が居た。
横に縦に揺られること30分、郡家駅で下車し、車で帰途についた。
きょうは予想された天候よりもずっと良かったが、寒さが身に堪えた。
それでも終わってみれば、楽しい一日だった。
今夜は熟睡だね。
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by tomiot3 | 2014-12-21 22:33 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)