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またまたゴールデンウイークか

大型連休を迎えると、鳥取砂丘を目指す観光客車で周辺の国道の渋滞は、
極まれ利の状態を呈するのが常だった。
今回は期間が長いので、分散すると予想しているらしい。
どこの観光地でもそうだが、どっと押しよせる車には度しがたい。
党の観光客のみになれば、駐まれるだろうかと不安を抱きながらいつ着くだろうか、苛立ちが伴う。
そうした経験は多くの方が積んでいるだろう。
が、のど元過ぎればの類いで、繰り返すのが人の常。
私たちは原則として、連休の類いは避けることにしている。
それでもサクラの咲く時期、紅葉の時期などは渋滞と駐車場難にぶち当たる。
伊豆半島の河津桜観桜の時など、もう二度と車では止めようと思った。
今度は電車にしよう。と声を同じくした。
紅葉では裏大山の紅葉の絶景の時、遠くに駐めて歩くことにしている。
この大山は代替の交通手段が皆無だから、ついつい行くのを躊躇する傾向が強い。
今回の砂丘はどうだろう。
午前中、わんさかの状況を「こどもの国」と「キャンプ場」で見られたが、ものすごいと云う事でも無さそう。
やはり分散傾向が見られるのかもしれない。
大型ワゴン車で家族が到着し、キャンピングの準備する姿は、経験が無いだけに羨ましく、楽しげだ。
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砂丘への人の波は、まだまだのよう。
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鳥取県と鳥取市は渋滞体対策を講じているようだが、分散型になれば結構である。
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超長期的に見れば、やはりゴールデンウイークのような形でなく、年間を通じて満遍なくの観光政策は、
国内向け、外国向けともに必死となるだろう。
これは来客への快適さ提供上も重要な課題だ。
我が主張としては、公共交通期間の整備と誘導だと思う。
これに尽きる。

おまけ
桜の次ぎ?に大切に思っているハマナスが咲き誇りだした。
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by tomiot3 | 2016-04-30 20:04 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

さくら紀行 そのⅡ 満足

当初は車中泊のつもりだったのが、ベットの上での一夜、やっぱり体が休まる。
前日の長ドライブの疲れもほぼ解消、英気を養って今日もドライブができそうだ。
宿を7時に出発、郡上八幡を経由して荘内へ向かう。
根尾の薄墨桜とセットのような樽見鉄道終点は見ておかねば。
早朝だから、人影まばら、通学の女子高生かな?
そうこうしているうちに、パーっと警笛、単車が入ってきた。
幸運!
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道々、改めて春の緑の絶景に目への癒やしをしながら走る。
山々が深く、清流とその恩恵の鮎、イワナなどの看板が目に付く。
スマフォカーナビが最短を選んでくれるのは良いが、車一台通れるような道々道に不安がよぎる。
まず朝食を摂るため、「道の駅ラステン洞戸」を目指す。
ラステンとはドイツ語で休息すると言う意味だって。
平成5年にできた道の駅で小さくて、今ではひなびた感じ。
なんとか、8時になってモーニングで空腹を満たすことができた。
近隣のオッサン方がたむろしていたが、そのうちの一人が鳥取ナンバーを見て、
声をかけてきた。「遠くから来られましたなー お元気なことで」
どこでも大抵は鳥取からと分かると、感心して頂く。
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<国道156号に出たら後は道なりに進む。

郡上八幡から少し過ぎた辺り、「道の駅古今伝授の里やまと」、ここは温泉施設や直売所、レストランなど<>新しくて大きい。でもちょろっと買い物しただけ。
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<ここでは地元特産米が種類を分けて図りウルされていた。これは分かりやすい<道の駅は、大なり小なり全て立ち寄ることにしている。
その後も次々と、これだけで所要時間が延びてしまうのだが、再び来られる補償がないので、一応は覗いてみる。荘川に向かってどんどん標高を上げてゆく。<すると見たかった一つの荘川桜にまつわる話、
156号線沿線に荘川桜二世を植え続けた故バス車掌佐藤良二さん。<その桜を観るのも目的の一つ。
際だって植えられている風ではないが、要所要所に途切れること無く、数メートル間隔で植えられている。
途切れそうになるが、進行につれて次々に現れる。
随分苦労されたであろうと思う植え場所もある。感動です!
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<やがて太平洋と日本海の分水嶺が明確に分かる場所に到着。
左が長良川、右が荘川、これ程ハッキリ目撃できる分水嶺を初めて観た。
これにも妻共々感動。
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<だんだんも覚えの在る景色になってきた。夜間しか走ったことがないが、雰囲気で分かる。
倉庫好いている家に荘川ダム湖のほとりを走る。
狭い道路と狭いトンネル、そして急カーブ。
あーあそこだ!遂に見えたぞ。
遠目の駐車場に駐めてしばらく歩く。
すごい人出で、駐車できないことも予想した。
近づくにつれ、鼓動が高鳴るようだ。
わーすごい!遂に来たぞ。
荘川湖に水没する二つのお寺から移植された日本の古代桜。
アズマヒガンサクラ(江戸彼岸)で樹齢500年と言われている。
湖の桜にまつわる物語もスケールが大きい。
2本の桜意外に、Ⅱ代目の桜、電源開発株式会社の人々が植えたさくら、
今では、一大さくら公園になろうとしている。
昨日あたりがピークだったそうで、チラリホラリと花びらが舞っている。
二人は満足の感動で俣野再会を期して、名残惜しい別れ。
昨日までは大変な人手だったそうで、整理の女性は、今日は楽で骨休めです。と言われた。
<
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しばらく下ると御母衣(みぼろ)ダムロックフィルダムの無骨な姿に威厳がある。
当時は東洋一だっただろうが、今ではもっとデッカイのがある。
同じ岐阜県内の多目的の徳山ダムなどもそうだ。
湖のダムは電源開発株式会社の発電専用ダム 堤項131.0m、堤頂長405m
総貯水量3億3千万トン、発電出力21万5千万㎾
荘川の最上流のダムが御母衣ダム、以下荘川には階段状に幾つものダム湖が連なって、
一大電源地帯の一つを形づくって居る。
このダムのお陰で、下流の発電量も増えている。
幾つものダムや発電所が目に入った。
その近くに荘川桜記念館が在る。またその入り口には巨大水車の羽根(フランシス水車)がデンと置かれている。>
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さて次は、五箇山の合掌造り集落へ。
着いたのは菅沼合掌集落だった。
集落は国道の随分下だ。遊歩道でも降りられるがエレベーターもある。
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そばをいただく。
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外の席では外人さん家族がそばの類い。
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世界遺産、だから当然、内外の方が多く訪れるだろう。
しかしながら、土産物、食事など、もっともっと洗練させる必要があると思う。
ややちゃっちい感が強い。
観光地の土産物、どう見ても陳腐に写ってしまう。
次の機会にはどこかで民泊しようと思っている。

ようやく、国道304号にそれて、金沢に抜けるべく走った。
すると304号にそれてすぐ、右手に五箇山豆腐 山本商店が目に入った。
これは知っている。この豆腐が欲しかった。
だが店はお休みだった。それからしばらく走る。
なんと相倉合掌集落の看板、また寄り道だ。菅沼合掌集落より少し戸数が多いそうだ。
民泊もあって、外で女性が山菜の始末をしておられた。ここもゆっくりはまた今度。
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304号線はしばらく富山県内を走る。
砺波市福光の辺り、JR城瑞線と並行して走るところがある。
バックミラーにディーゼルの単車が映った。
なんて汚い塗装。単色ですっきりした塗装の方が良い。途中富山県内、山車の収納庫を2個所で見かた。
祭の伝統を大事にしているところは、概ね山車を納める建物がちゃんとしている。
時間を押してしまった。金沢に立ち寄るのは無理になった。
金沢藤本ICで北陸道に乗った。
途中対向車線で大きな事故が有ったようだ。
沢山の消防車、レスキュウと救援車がけたたましくサイレン鳴らして走る去った。
チラッと壊れた二台の乗用車が目に入った。
桑原桑原。
トイレ方々、尼御前SAに立ち寄る。16時過ぎだから夕食は次の南条SAで。
この近くに、小松空港と基地、ジェット戦闘機が轟音を轟かす。
着陸態勢で導体上のブレーキ板が開いているのが分かる。

南条SAで夕食。ここにはスタバもある。
昨今のサービスエリアの充実ぶりには感心している。
食事体系もレベルアップしているし、土産物も相当吟味されている風だ。ここで買った大福、後で食べたのだが旨かった。
満タンにしていたガソリンも鳥取までは危うい。給油も20リッター補給しておこう。

敦賀JCTで舞鶴敦賀道に、小さな雨が降る出した。
夕暮れ時からの光った道は、実に見にくて走りにくい。
僅か在る四車線区間はまだ良いが、大方の二車線区間は走りにくくておっかない。
鳥取道もそうだが、車幅が狭くて、安全性が低い道路だ。安物道路!安全よりも経済性だ.と言うわが国の思想そのまんまだ。大回りして中国道経由にすべきだったかなと、反省しきり。福知山ICで降りたのがまた反省。見にくい上にノロノロに出くわす。
24㎞ほど大回りになるが、春日経由自動車道で八鹿まで行けば良かった。<時間的にはこちらの方が早い。なんだかんだといいながら、22時20分わが家に帰着。やれやれ二日間で1003㎞の旅、27日は妻の歳が一つ加わるに当たっての何かになったかな。
燃費は17㎞/リッタ-だった。15万キロ走ってる車にしては上的だと思うが。
疲れもあるが、疲れが吹っ飛ぶような出来事が幾つもあった。

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by tomiot3 | 2016-04-29 21:36 | 探訪・旅 | Trackback | Comments(0)

サクラ紀行 そのⅠ

自分自身は天候やさくら情報をチェックして、明日がチャンス、と見た。
早朝の天候傾向は、ベリーグー。
妻に告げ、10時を少し回って出発。
国道9号経由、舞鶴敦賀道、北陸道、名神を経由して、大垣インターで一般道へ。
カーナビは休止中なので、もっぱらスマフォに頼る。
どうやら揖斐川堤防道路を通るルートを教えてくれるらしい。
ようやく、すれ違える位のところにやたらと出くわす。
揖斐川か。想い出した。
揖斐川と言えば、母方の従兄弟に須崎潔さんというのが居て、よくキヨシさんがと聞かされていた。
おばあちゃんの弟の息子になるのだが、吉方が実家で、
晩年のばあちゃんはその弟の世話をかねて一緒に暮らしていた。
だから用事があれば、その家に幾度かうかがったことがある。
キヨシさんは、揖斐川電工のおえらさんで1962年(昭和37年)社長就任
1973年(昭和48年)に没するまで役に就いていた。
同じ年(昭和48年10月17日)に大垣市功労者(名誉市民)に列せられる。
資料に寄れば、キヨシさんは昭和26年から48年まで大垣市体育連盟会長として、地域スポーツの向上、
青少年の健全育成に尽力されるとともに、本市はもとより、わが国産業の振興に貢献されました。とある。
岐阜県国体選手団団長として、先頭を歩む映像を幾度か見た事が有る。
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その様なことをチラッと思い起こし、狭い道路を懸命に駆けぬけた。
やがて支流の根尾川沿いを走ることになり、最終国道157号線に出た。
水量も豊富、清らかな流れが時どき目に飛び込んでくる。
鮎の釣りや魚簗漁が盛んなようで、至る所に鮎料理の看板が目に付く。
鮎の時期に来てみたいと思う。
だんだん近づいてきたぞ。看板がちょっとバッチイ。
スマートに・・・・
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途中、腰延ばしに降り立つと、農業用水路が気になった。
近づくと、ミニ水力発電設備だった。
どうやら休止中のようだ。
水量はそこそこあるのだが、見たところ大いに改良の余地有りとみた。
方式が適当かどうか、水路設計とのマッチング、設置場所がほかにないか。
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2時間ほどを要して、念願の〈根尾のうすずみ桜〉に着いた。
小さな集落があって、人の住む気配は感じるが、周囲の山々の緑が深閑さを強めてくれる。
お店も複数軒有るが、すっかり静まりかえっている。
今年は1週間ほど早かったそうで、もう立派な葉桜になっていた。
なんと想像を超える立派さではないか
すごい!妻と驚嘆の声を上げる。胸が打ち震えるほどの歓びと感動に襲われた。
高さ17メートル・幹の周りが11メートルもある樹を、桜守たちは懸命に守ってきたのだろう。
着いたときは17時過ぎ、人影はほとんど無く、静寂の世界だ。
開花時期は、すごい人だったことが忍ばれるのに。
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碑には、継体天皇(531年?~)が云々とある。
つまり、1500年の昔となる訳か。
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かなり整備されている駐車場でも、おそらく足りないと思う。
樽見鉄道の終点から、1㎞もなかろうか。
花見時期には、きっとこの鉄道も活躍すことだろう。
大垣-樽見間 34.5㎞、いつまでも地域の足として残ってくれるように。

4キロ奥に温泉施設、ホテル、道の駅などが在る。
よーし行ってみよう。
だが、温泉は20時までOKだが、食事はオーダーストップだって。
民間の食事処が1軒だけ開いているようだ。
念のためホテル四季採館に訪ねてみた。
泊まれますか?
部屋はあるが、夕食、翌朝食は駄目だとのこと。
結局素泊まりとなった。
大きな部屋で、本来4個のベッドが収まる部屋のようだ。
それにしても桜1本でここまで村おこしができた。
しかし、桜は短期間、後の機関はどうしているのだろうか。

水回りも清潔、これなら良し。
デモ素泊まりにしては結構なお値段だった。
来年、薄墨桜の開花時期に合わせて、予約も考えようか。
たださくらの開花時期は変動が激しくて難しい。
6ヶ月前予約と言うから、まあゆっくり考えよう。
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今日のうちに荘川桜も見てしまいたかったが、明日の天候は持ちそうなのと、
妻の疲れを図ると無理は禁物だった。

ホテルのカウンター横、ひとつのパンフが目に留まった。
国指定特別天然記念物 根尾谷断層
地震断層観察館
1891年(明治24年)10月28日午前6時37分東海地方をマグにチュード8の地震が襲った。
湖の地震は国内内陸部で起こった最大級の史上最大直下型地震だったという。
翌日、根尾川の向こう(西)に建物が見えた。
黒部付近を通って日本海に達する日本列島を分断する構造線は広く知られているところ。
予想される東南海地震もこうなる可能性があるんだ。
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それにしても桜1本でここまで村おこしができるとは。
しかし、桜は短期間、後の期間はどうしているのだろうか。
本巣市刊行ガイドマップによると
うすずみ温泉「四季採館」
道の駅「うすずみ桜の里」
能郷白山と清流根尾川
地震断層観察館・体験館
能郷の能・狂言 真桑人形浄瑠璃 長屋神社例祭など
NEOキャンピングパーク 
奧美濃純揚水式発電所・上大須ダム わが国唯一の純揚水式発電所で150万キロワット。
一時日本一だった。

樽見鉄道
本巣市の古刹 11
鮎、そばの食事処 13 これは大いに興味あり。
道の駅「織部の里 もとす」 「富有柿の里 いとぬき」
などなど、それなりに創意工夫をこらしているが実態はどうだろう。

近隣は日本最大級の徳山ダムをはじめ、多くの大自然と観光資源に恵まれ、
活用によっての差が出てくるだろう。









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by tomiot3 | 2016-04-28 22:12 | サクラ ・花 | Trackback | Comments(0)

サクラ紀行 そのⅠ

自分自身は天候やさくら情報をチェックして、明日がチャンス、と見た。
早朝の天候傾向は、ベリーグー。
妻に告げ、10時を少し回って出発。
国道9号経由、舞鶴敦賀道、北陸道、名神を経由して、大垣インターで一般道へ。
カーナビは休止中なので、もっぱらスマフォに頼る。
どうやら揖斐川堤防道路を通るルートを教えてくれるらしい。
ようやく、すれ違える位のところにやたらと出くわす。
揖斐川か。想い出した。
揖斐川と言えば、母方の従兄弟に須崎潔さんというのが居て、よくキヨシさんがと聞かされていた。
おばあちゃんの弟の息子になるのだが、吉方が実家で、
晩年のばあちゃんはその弟の世話をかねて一緒に暮らしていた。
だから用事があれば、その家に幾度かうかがったことがある。
キヨシさんは、揖斐川電工のおえらさんで1962年(昭和37年)社長就任
1973年(昭和48年)に没するまで役に就いていた。
同じ年(昭和48年10月17日)に大垣市功労者(名誉市民)に列せられる。
資料に寄れば、キヨシさんは昭和26年から48年まで大垣市体育連盟会長として、地域スポーツの向上、
青少年の健全育成に尽力されるとともに、本市はもとより、わが国産業の振興に貢献されました。とある。
岐阜県国体選手団団長として、先頭を歩む映像を幾度か見た事が有る。
e0166734_20285735.gif
その様なことをチラッと思い起こし、狭い道路を懸命に駆けぬけた。
やがて支流の根尾川沿いを走ることになり、最終国道157号線に出た。
水量も豊富、清らかな流れが時どき目に飛び込んでくる。
鮎の釣りや魚簗漁が盛んなようで、至る所に鮎料理の看板が目に付く。
鮎の時期に来てみたいと思う。
だんだん近づいてきたぞ。看板がちょっとバッチイ。
スマートに・・・・
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途中、腰延ばしに降り立つと、農業用水路が気になった。
近づくと、ミニ水力発電設備だった。
どうやら休止中のようだ。
水量はそこそこあるのだが、見たところ大いに改良の余地有りとみた。
方式が適当かどうか、水路設計とのマッチング、設置場所がほかにないか。
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2時間ほどを要して、念願の〈根尾のうすずみ桜〉に着いた。
小さな集落があって、人の住む気配は感じるが、周囲の山々の緑が深閑さを強めてくれる。
お店も複数軒有るが、すっかり静まりかえっている。
今年は1週間ほど早かったそうで、もう立派な葉桜になっていた。
なんと想像を超える立派さではないか
すごい!妻と驚嘆の声を上げる。胸が打ち震えるほどの歓びと感動に襲われた。
高さ17メートル・幹の周りが11メートルもある樹を、桜守たちは懸命に守ってきたのだろう。
着いたときは17時過ぎ、人影はほとんど無く、静寂の世界だ。
開花時期は、すごい人だったことが忍ばれるのに。
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碑には、継体天皇(531年?~)が云々とある。
つまり、1500年の昔となる訳か。
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かなり整備されている駐車場でも、おそらく足りないと思う。
樽見鉄道の終点から、1㎞もなかろうか。
花見時期には、きっとこの鉄道も活躍すことだろう。
大垣-樽見間 34.5㎞、いつまでも地域の足として残ってくれるように。

4キロ奥に温泉施設、ホテル、道の駅などが在る。
よーし行ってみよう。
だが、温泉は20時までOKだが、食事はオーダーストップだって。
民間の食事処が1軒だけ開いているようだ。
念のためホテル四季採館に訪ねてみた。
泊まれますか?
部屋はあるが、夕食、翌朝食は駄目だとのこと。
結局素泊まりとなった。
大きな部屋で、本来4個のベッドが収まる部屋のようだ。
それにしても桜1本でここまで村おこしができた。
しかし、桜は短期間、後の機関はどうしているのだろうか。

水回りも清潔、これなら良し。
デモ素泊まりにしては結構なお値段だった。
来年、薄墨桜の開花時期に合わせて、予約も考えようか。
たださくらの開花時期は変動が激しくて難しい。
6ヶ月前予約と言うから、まあゆっくり考えよう。
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今日のうちに荘川桜も見てしまいたかったが、明日の天候は持ちそうなのと、
妻の疲れを図ると無理は禁物だった。

ホテルのカウンター横、ひとつのパンフが目に留まった。
国指定特別天然記念物 根尾谷断層
地震断層観察館
1891年(明治24年)10月28日午前6時37分東海地方をマグにチュード8の地震が襲った。
湖の地震は国内内陸部で起こった最大級の史上最大直下型地震だったという。
翌日、根尾川の向こう(西)に建物が見えた。
黒部付近を通って日本海に達する日本列島を分断する構造線は広く知られているところ。
予想される東南海地震もこうなる可能性があるんだ。
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それにしても桜1本でここまで村おこしができるとは。
しかし、桜は短期間、後の期間はどうしているのだろうか。
本巣市刊行ガイドマップによると
うすずみ温泉「四季採館」
道の駅「うすずみ桜の里」
能郷白山と清流根尾川
地震断層観察館・体験館
能郷の能・狂言 真桑人形浄瑠璃 長屋神社例祭など
NEOキャンピングパーク 
奧美濃純揚水式発電所・上大須ダム わが国唯一の純揚水式発電所で150万キロワット。
一時日本一だった。

樽見鉄道
本巣市の古刹 11
鮎、そばの食事処 13 これは大いに興味あり。
道の駅「織部の里 もとす」 「富有柿の里 いとぬき」
などなど、それなりに創意工夫をこらしているが実態はどうだろう。

近隣は日本最大級の徳山ダムをはじめ、多くの大自然と観光資源に恵まれ、
活用によっての差が出てくるだろう。









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by tomiot3 | 2016-04-28 22:12 | サクラ ・花 | Trackback | Comments(0)

桜探訪記

二日間で1千キロのドライブ、ちょっぴり〈車は危険〉と言う思いを2度ばかり。
北陸道の反対車線、乗用車2台が絡む事故らしい、痛ましい車の姿がチラッと目に入る。レスキュー消防車がけたたましくサイレンを鳴らし、救援車も続いて、反対方向へ。現場にはまだ数台の消防車と大勢の消防隊員。
誰かは知らないが、ケガの程度は?
帰途、北陸道から舞鶴敦賀道に入ったあたりから、ポツポツ雨が来だした。

濡れた道路は光を吸収しておっかないと思いながら、そしてのろのろの車に苛づきながらも
ほぼ計算通り、22時20分帰着した。
今回の主な目的は次の三つ
1 岐阜県本巣市根尾の《薄墨桜》 樹齢1500年 既に葉桜だったが、言葉を失うほどの威厳に             
  圧倒された。
2 同じく岐阜県の御母衣湖岸、荘内桜 巨大なダム湖の湖岸、パラパラと舞う淡いピンクの花びら
  2本のアズマ彼岸(私は江戸彼岸と言っている)のねじれの効いた巨木と見事な花の冠。
  156号線の沿道に途切れながら、人々を見守る沿道の桜、桜にまつわる物語が聞こえてきた
3 世界遺産・五箇村合掌の里(菅沼合掌集落、相倉合掌集落)見聞 

 欲張って、郡上八幡にも立ち寄ろうとの強欲も思ったが、今回は駄目だった。
 初日火曜日は絶好の天気具合、2日目は出かける前は雨の予報も幸いにも予報が後にずれてくれた
 てるてる坊主をぶら下げた訳でもないのに、なんという運の良さ。
 予想以上の桜の物語、桜のもたらす地域への貢献、これはデカイことだと思いを深くするばかり
今日はここまで、詳細はボチボチ致します。
今夜は、来年の桜行脚構想にふけることにした。
                      見事! 荘川桜
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by tomiot3 | 2016-04-28 00:59 | 探訪・旅 | Trackback | Comments(0)

庄川桜に会いたい

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いつかはと、策をめぐらせていたのだが、開花具合、天候の兼ね合いで、朝食時突然、庄川桜を観に行こう。と告げた。10時頃出発、国道9号、春日で舞鶴敦賀道、北陸道、名神高速を経由大垣インターを降りた時点で16時を回っていた。花は終わったが、葉桜でも見たい。17時頃、人が居ない。お店も全部閉店なんだか、薄墨桜の存在感に圧倒された。来てよかった。さらに、この奥4キロに、本巣温泉、どんなとこ。その時点で庄川桜までは、ムリ。協議の末、多分、オフたから部屋が有れば泊まろう。ok。
食事は食堂が開いていた。助かった。トンカツ定食とみそかつ定食で命をつないだ。われわれだけかと気をもんだか、心配ご無用、地元農家の人たちが、どうやら仕事を終えた後らしい。
食事の準備なんか、やってられない。という風だった。明早朝、早目の出発で庄川桜と面会だ。明日は雨予想が曇りに変わった。天の助け。地元紙で満開中が報じられていた。
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by tomiot3 | 2016-04-26 20:52 | Trackback | Comments(0)

黄砂も取り敢えず終息か。

中国大陸で巻き上げられた土埃が、PM2.5などの汚染物質を混ぜ込んで、
日本までやってくるなんて。
中国は責任を感じていないんだろうか。
正常な外交関係ならば、黄砂と大気汚染への対処をもっともっと要求できる筈だ。
年々酷くなる黄砂とPM2.5、今日で3日目だ。
鳥取市(西町)の値が19時現在29、過去2日間よりも低くなった。
とは言うものの、値があること自体がいやなことだ。
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最近ウオーキングの時刻を早めた。
暑さと紫外線を少しでも和らげようとの目的だが、
これは妻への配慮としておこう。
ハマナス、ヤマブキが桜と交代で咲き出した。
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桜養生のため、竹2本を伐りだした 。
それとバッサリやられた河津桜を持ち帰って、小枝を挿し木してみようと考えた。
ところがこの時期は、遠足シーズン。
今日もどこかの小学校が遠足の列を成してきた。
列は長く、とても賑やかなことだ。
やられた河津桜は、ちょうど彼等の通り道、やり過ごすのにしばらく待機。
その間、ブッシュの中の自生桜を手当てする。
このところ、体のあちこちにコッパンができて痒いのは、きっと草むらやブッシュのせいだと思う。微少な虫や毛虫の類いが居るのだ。
ようやく列が切れた。子どもの数が、かなりなので、きっと郊外又はその近くの学校だろう。
左が先頭、ぐるっと回って横断中のところまではざっと300メートルはある。(14時半頃、城北小学校前を通ると、丁度彼等が帰ってきた。やっぱり校外になれば成るほど生徒数が多く、市内は惨めなほど少ないと言う。
ちなみに我が住居の浜坂小では、一年生が5学級だという)
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桜の小枝を持ち帰り、挿し木用にさらに小枝に分けた。
さてさて、無事に根を出してくれれば、もっけもの。
取り敢えず、切り分けて水につけておいたがどうなりますか。
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by tomiot3 | 2016-04-25 20:32 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)

クラシック音楽ファンが減っている?

クラシック音楽は衰退して居るとか、ファンが減っているとかの議論が周辺でもチョコチョコ交わされている。
私自身の実感としては、一言で言えばそんなことはないと。
20年余り、クラシック音楽に特化して、クラシック音楽の優れものを鳥取にと頑張ってきたそもそもは。
この地にクラシック音楽を聴いて楽しむ人々を増やしたかった。に尽きる。
いっとう最初にイングリット・へブラーピアノリサイタルをした時など、
へブラーを知っている人などほとんど居ない鳥取だった。
それでも回を重ねるごとにコンサートに期待する人々が不確定ながら定着しつつあると実感した。
少なくとも、その様な音楽があると云う事を知ってもらえた。
ただ明確に言えることがひとつある。
それは私がやっていたぐらいの回数では、また資金では、十分どころか、
あの膨大なクラシック音楽のジャンルと曲数と、
何百年に亘る累積を聴いてもらうには不十分だらけであった。

また、自治体あるいは企業が支援しているところや、優れたの芸術家が、
特定の地域に腰を落ち着けて活動の輪を拡げているところとでは、
明らかに格差は広がるばかりであった。
東京や大阪などの大都市は別格として、先ずは北海道の札幌交響楽団の本拠地「コンサートホールきたら」を中心とした音楽の輪、そしてバーンスタインがはじめたPMFの札幌、東北の山フィルの山形、仙台フィルの仙台、
また新潟などは東京都近いせいも有って、りゅーとぴあを中心とした芸術活動が盛ん。
関東の群響の群馬、茨城、大賀ホールの有る軽井沢、小澤記念フェスティバル(サイトウキネン)が行われる松本、
オーケストラアンサンブル金沢の本拠地金沢、名古屋、京都は勿論、専属オーケストラを持っている兵庫県立劇場、
びわ湖ホールを擁する滋賀、広響の広島、九響の福岡、別府音楽祭の別府、宮崎国際音楽祭の宮崎、などなど主要なオケと音楽祭などを思いついた分だけ上げたが、このすそ野の広がりは、と鉄もなくデッカイ。
また古楽では、都留音楽祭などもよく知られている。
またお隣の島根県を引き合いに出すと、何も音楽に限ったことではないが、音楽環境は優れて良いだろう。
と言うことは、鳥取県のように音楽環境に恵まれていないところと、そうで無いところの実感の違いは当然有るだろう。
私などは比較的あちこちに出かけるので、音楽事情を肌で感じる限りは、衰退しているとは思っていない。むしろその逆である。
その鳥取県に於いても、演奏家の幅は随分広がった。
たとえ曲がりなりにでもアマオケが鳥取と米子に存在し得て、声楽から器楽に至る演奏家もそれなりの排出されだした。
一昔以前と比べれば、隔世の感強しである。

ネットのお陰で、良いデータが見付かった。
これはFb仲間から戴いたもので、勿論音楽関係者の方である。
私もこの中身については、深く読み解いてみたいが、
さーっと拝見したところ、納得できるものであった。
ことにデータが具体的で有り難い。
この中で、学校における音楽教育が災いしている。と言う下り、私も常々言っていたこと、意を強くした。

クラシック音楽ファンが減っている?これは眉唾だとも表現されたデータだ。
クラシック音楽ファンが減ってるってほんと?!(データで確認してみよう)要クリック
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永遠のテーマ
地球、人類が存在する限り、モーツァルトは存在する。


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by tomiot3 | 2016-04-24 21:36 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

農作業ってちょっぴり楽し

9時頃、池田へ向かうのだが、遠く山脈など見えようはずもなく、
稜線のくっきり見えたのはそんなに以前では無かったというのに。
今日も黄砂が酷いよ。PM2.5は10時ころが49でピークだったようだ。
帰りの13時頃も情景は変わらない。
久松山もぼんやり、気分も晴れ晴れとならない。
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今日の楽しい畑仕事
剪定した柿の木などの枝を焼却する。<少しずつ、タイムを押しているようだ。
今日は妻の都合で遅くとも13時までには帰宅したい。
天候は黄砂が問題だけで、気温は20度に達していないから、汗を掻くことはない。
まずはよいコンディションと言ったところ。
先ずゴーヤとオクラを植えてしまう。
その前にキュウリの並びにゴーヤを植えるため、トマトを移植する。
オクラは先日蒔いたのが芽出しをし出した。
だから苗を買うことなかったが、少し早く収穫できるだろうと期待。
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                   引っ越してきた桃太郎トマト
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剪定した柿の木などの枝を焼却する。
少しずつ、タイムを押しているようだ。ピッチをあげろ。
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ジャガイモは第1期に植えたのは、ほぼ芽が出そろった。
だが第2期に植えたアンデスなどの特殊な芋は、芽出しが実に不揃いだ。
芽欠きは結構手間がかかるので、ついつい時間を押し気味になる。
とうとう全部やりきれない。時間切れだ。
芽欠きのあとの追肥と土寄せで12時半になってしまった。
鍬づかいでへとへと、お腹も空いた、力が出ない。
でもある程度やり終えた安堵感って、良い気分だ。
                  アンデス系の芽の出が遅れている。
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真ん中の列はメークイン、育ちも少し遅いので次回送り。
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ちょっと横道、
庭のキンモクセイ、いつも感心するのだが、差し渡し数メートルは有りそう。
真ん中の辺は、どうやって刈るんだろう?先日も有る人と???
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by tomiot3 | 2016-04-24 20:10 | 農耕・自産自消・園芸 | Trackback | Comments(0)

樗谿グランドアパートを観る

鳥取市指定文化財 樗谿グランドアパートの一般公開に馳せた。
10時からの公開に、行った時は既にかなりの人々が参集していた。
昭和5年完成の建物で、当初医院として建築されたが、医師の死亡で他に転用されたという。
その後、昭和21年、つまり終戦後、占領軍に接収された時点で増築された部分が向かって右側の建物。
本建築部分は和洋折衷様式として建てられ、仁風閣に次いで建築年代が古い。
占領軍(進駐軍)による増築、改装も行われたが、最小限の改造が成されているという。

さーて、しばらく待機した後、小グループごとでの見学会。
先ずの印象は
①損傷老朽化が進んでいる。
②建築材としては、それほど拘っている様子がない。
③階段の欄干などに頭領の腕の見せ所が散見される。
④管理状態が良好でなかった。従って老朽化が進んでいる。
⑤部屋の規模も小ぶりである。
アンケートに 今後どの様に活用されるがよいか の設問があった。
これは今後の補修、改修にかかっている。
鳥取市がどの程度の覚悟であるか、どの程度の資金を投入できるか。
全く分からない中では、答えようのない設問であったが、
ある程度投入資金を回収する道は考えるべきで有ろうし、
今日のところは、レストラン或いはカフェ、又は民泊、シェアハウスにするが良いと答えた。
先にも申した様に、集会とか展示には手狭すぎると思う。
つまり中途半端になる。
民放の「百年名家」のファンなので、散々名建築を見てきた中では、いささか見劣りが著しい。
こうしてみると鳥取市には名建築が無いのだと感じるばかり。

今後の民間の寄付なども有り得るだろうが、相当の資金を投入しないとまともにはならないだろう。
岡崎邸のように惨めになってはいけない。
           向かって右の部分がS21年進駐軍による増築部分
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ベランダの外に見える建物は、全く別景色様相の増築された部分で在るが、
これは先ず撤去すべきだと思う。
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戦後間もなくの、進駐軍で想い出す。
先ず小学校(まだ国民学校だった?)にジープで乗り付けてきた。
これは強い衝撃的な出来事だった。
戦中は鬼畜米兵とののしり、戦後は一変して、日本中が進駐軍としてもてはやした。
「パパママ ピカドンでハングリー」などと流行言葉、チュウインガム、チョコレートを期待した。
だが学校の校長、先生方は緊張しただろう。
黒塗り教科書のチェックにでも来たのだろうか。
当初の米軍は早期に引き揚げて、イギリス統治だったインド軍の駐留に代わったと、今日も説明があった。
そうか、鳥取に出てくると、頭にターバンを巻いて、短いステッキをぐるぐる回しながら、
街を闊歩する印度兵をよく見かけた。
こう言う視点からは、歴史的意味合いのある建物なんだろう。
従って、将来公開され、利用される時は、そうした歴史的資料展示も必要だろう。


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by tomiot3 | 2016-04-23 20:58 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)