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クラシック音楽クラブ 二題

今週のクラシック倶楽部
今日はちょっと寝過ごしてしまった。しまった!
安田兼一郎チェロリサイタル
安田さんが真ん中どころのトークで、ベートーヴェンのチェロソナタでは、
ピアノは単なる伴奏では有りません。自己を主張し、むしろそれにチェロが併せている。
と言う意味のことを2度3度おっしゃった。
なんとそのピアノは津田裕也さんだった。
朝の仕事をしながら、うまないなー! と聴いていた。やっぱりだった。
会場の石橋メモリアルホールは2010年に建て替えられたホール、雰囲気も音も良さそう。
是非聴いてみたいホールがまた増えた。


安田謙一郎 チェロ・リサイタル

▽日本の名チェリストが奏でるベートーベン▽安田謙一郎 チェロ・リサイタル▽【出演】安田謙一郎(チェロ)、津田裕也(ピアノ)▽【曲目】チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 作品5第2 から 第1楽章(ベートーベン)、歌劇「魔笛」の「恋人か女房があればいい」による変奏曲 作品66(ベートーベン)、チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 作品69(ベートーベン)▽2016年4月11日石橋メモリアルホール

楽曲

  • 「チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 作品5第2」
    ベートーベン:作曲
    (チェロ)安田謙一郎、(ピアノ)津田裕也
    (6分24秒)

    「歌劇「魔笛」の「恋人か女房があればいい」による変奏曲 作品66」
    ベートーベン:作曲
    (チェロ)安田謙一郎、(ピアノ)津田裕也
    (11分25秒)

    「チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 作品69」
    ベートーベン:作曲
    (チェロ)安田謙一郎、(ピアノ)津田裕也
    (28分48秒)



    一昨日のアンドレアス・シュタイアー&佐藤俊介デュオ・リサイタルも秀逸だった。
    いずみホールは800キャパ、このホールには確かフォルテピアノが備えられていたはず、今日のそれがそうだろうか、どの様に響いただろう。
    佐藤俊介

    アンドレアス・シュタイアー&佐藤俊介 デュオ・リサイタル

    アンドレアス・シュタイアー&佐藤俊介 デュオ・リサイタル ▽【出演】アンドレアス・シュタイアー(フォルテ・ピアノ)/ 佐藤俊介(バイオリン) ▽【演奏曲】バイオリン・ソナタホ短調 K.304、「ああ、私は恋人をなくした」の主題による6つの変奏曲 K.360、バイオリン・ソナタニ長調 K.306 (以上、モーツァルト作曲) ほか ▽【収録】2013年12月6日/いずみホール(大阪)

    楽曲

    • 「バイオリン・ソナタ ホ短調 K.304」
      (作曲)モーツァルト、(フォルテピアノ)アンドレアス・シュタイアー、(バイオリン)佐藤 俊介
      (11分40秒)

      「“ああ、私は恋人をなくした”の主題による6つの変奏曲 K.360」
      (作曲)モーツァルト、(フォルテピアノ)アンドレアス・シュタイアー、(バイオリン)佐藤 俊介
      (6分50秒)

      「バイオリン・ソナタ ニ長調 K.306」
      (作曲)モーツァルト、(フォルテピアノ)アンドレアス・シュタイアー、(バイオリン)佐藤 俊介
      (22分40秒)

      「バイオリン・ソナタ K.380から第2楽章」
      (作曲)モーツァルト、(フォルテピアノ)アンドレアス・シュタイアー、(バイオリン)佐藤 俊介
      (5分00秒)



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by tomiot3 | 2016-06-30 23:01 | 音楽よもやま | Trackback | Comments(0)

STAp細胞が目覚めるかも

みんなが知るべき情報/今日の物語 より入手
小保方晴子氏のSTAP細胞、話はまだ終わってないようだ。
メディアではまだ報道されていないが、若し真実だったらエライことになる。

STAP小保方晴子の勝利!

STAP現象の確認に成功、

独ハイデルベルク大学!

がん細胞の分野で研究の価値大…

ノーベル賞どころのレベルではない、

小保方晴子は一挙に世界的存在になる!

責任逃れした理研と若山教授、

早稲田大学の責任、問われる!


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by tomiot3 | 2016-06-30 22:35 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

県美は漂流中

鳥取あちこち見聞日記さんの掲載を転載。クリックすると読めます。

鳥取あちこち見聞日記さん、よくぞ申されました。
今日の日本海新聞掲載ですね.読みました。
先の委員会といい、率直に言って“なにを言ってるんだ”です。
こう言う資質の人が行政マンとして芸術文化を司る。
今日は転載にとどめますが、近く信ずるところの主張を書きます。
経験則では都合が悪くなると、それはあなたの趣味でしょ。
と役人は言われたことがありますが、そうなるなるかも知れません。
芸術って元々は趣味の極みなんですけどねー。


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by tomiot3 | 2016-06-30 21:54 | 文化・芸術 | Trackback | Comments(0)

老々の生活

妻の眼科受診中、田舎の畑にひとっ走り、このところのぐずつき天候が幸いして、
サツマイモは順調に活着したようだ。
やれやれ。
天候が回復次第、周囲の草刈りが待っている。
こうしてみると広いなー。あーあ。
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キュウリ、ナス、トマトとピーマンを収穫したのだが、半袖スタイルの腕はたちまち蚊に襲われた。
くわばらくわばら。

妻の主治医は元私の主治医先生、中心性網脈絡炎という舌を噛みそうな網膜の炎症、
当時はまだ珍しかったレザー光線による光凝固の治療を受けた。
通院はほぼ毎日、何年続いたか、最初片目が両目になり、30代後半から40代半ばまでだった。
妻の症状は違うが、見にくくなるのは同じ、やっぱり網膜の病気、毛細管の出血だ、すごく不安がった表情は忘れられない。
自身もこれで職を失うのではないかなど、お先真っ暗の経験をした。
だから妻の気持ちは痛いほど分かる。




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by tomiot3 | 2016-06-30 19:49 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

祝 いのちをつないで

大江の郷
大江といえば辺鄙な山村というイメージだった。
いまや全国ブランドの体をなしているかのようだ。
天美卵は以前から全国ネットで名を成していたところ。
ホットケーキなどを売りにcocogardenがオープンしたのはいつの頃だったか。
あれよあれよという間に急成長して、一段と高い位置に大江の郷テラスがオープンした。
6月からは二階が本格稼働、まさにテラスの出現である。

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今日は親しい人の無事生還祝い。
お子息に自身の腎臓を提供し、双方が今は正常にお暮らしだ。
母親の愛は強し!
そこで友人有志により、ここガーデンで昼食会を催した。
ご夫妻と4人、合わせて6名のささやかな食事会。
11時半からの予約、少し早めに現着だったが、広大な駐車場は既に3割方埋まっている。
ココガーデンとの分散になるのだろうが、待機している間においでの方たちで二階テラスが埋まりだした。
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メインディッシュにビュッフェスタイルでサラダ類とスープはお代わり自由。
メインは鹿野の地鶏のソテーにした。
胸肉はあっさりとした触感、すこし岩塩でも振りかけたくなる薄めの味付け、
好みではハーブ類で味付けにプラスしたい。
パンは一階のコションドールのもの。
リーズナブルでこの雰囲気、これなら受けるわ。
チラッと高級感。
空間の余裕がそうさせている面もある。
何処かの美術館構想、無駄を省いて機能重視になりつつある。
雰囲気のない市民会館の前にコンクリートの塊にでもなったら最低だ。
こんなのには魅力など有ろう筈がない。
ダイキンアレオ青谷なども空間の魅力だ。

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キープ時間は75分、だから11時半から0時45分まで。
元々、打ち解けた仲間だから普段通りの会話が飛び交う。
悪口とか非難めいたことなど一切無し。これが良い。
終わり頃には、ほぼ席が埋まる状態に。
廊下には待機のお客さんが待っている。

県外ナンバーも有ったが、圧倒的には県内車、
どこから湧いてくるのだろう。
そして来客の大半は女性また女性。
世はまさに女性天国だ。
我々のテーブルは男性4人、珍しい光景であったに違いない。

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自然に囲まれた山里、そこに忽然の近代施設、
違和感とサプライズがない交ぜの不思議さが魅力になっているのだろうか。

お二方、多分喜んで頂けただろう。
併せて仲間の健康を願っての佳き日となった。
山あいの郷はしとしと、落ち着いた昼下がりだった。

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by tomiot3 | 2016-06-29 19:02 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

土づくり 草刈り

梅雨時の農作業は空模様との勝負。
日中はどうやら降雨は無さそうだ。
先日芋掘りした後に苦土石灰と堆肥を撒いておきたい。
10時頃、“行こうよ” “露に濡れてるよ”
押し切って行った。
苦土石灰を有りったけ蒔いて、牛糞堆肥とバーグ堆肥も有りったけばらまく。
耕すにはあまりにも土が重たすぎる。
既に長靴、着衣は泥まみれ。
雑草を周辺だけ刈り払い機で払う。
4/5は残った勘定。
気温はせいぜい27度だが、湿気が多くて額から汗がしたたって目に入る。
サツマイモは好調な梅雨のお陰で活着したようだ。
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夏野菜畑へ
ここの雑草も凄まじい、今の時期1週間もつかな。
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次は晴れの日がせめて2日続けば耕耘したいのだが・・・。


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by tomiot3 | 2016-06-28 22:02 | 農耕・自産自消・園芸 | Trackback | Comments(0)

県美事業見直し 報道

県立美術館構想について
昨日の委員会に関わる報道が早速なされた。
各社報道されたと思うが、日本海新聞報道を参考にされたい。

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県議会に於いて、事業費の圧縮を迫られた結果が昨日の会議の主目的であった。
ただ県議会が文化芸術、こと美術館に関連してどの様な見識を持って審議されたかは知る由もない。
わが国で唯一県立美術館のない県、この県に美術館を創造しようという、まさに100年の大系的事業である。
美術館とはなんぞや、県民の芸術文化性を高めるとは、文化観光はどうあるべきか、そして何が必要か、子どもの芸術への関心、そして県民の意識高揚、音楽と相まって美術のもたらす心の育成、など大きな視点が語られたのであろうか。
私は非常に疑問に思う。
また推進役の事務局の姿勢、手法にも大いなる疑問符を投げかけたい。
昨日傍聴しての感想では、委員の方々の意見、意向がどの様に反映されているかも疑問に感じた。
中には専門家の委員もいらっしゃる。
それらの人々と、もっと具体的な美術館構想を打ち立てるべきではなかったか、
いたづらに候補地の綱引きに誘導してしまった功罪。
そして基本構想と言いながら、誇れる芸術の殿堂・シンボルを作ろうという気概の感じられない委員会運営。
県会議員の方々の芸術文化に対する理解度は図りかねるが、なぜ事業費の大小だけに焦点が当てられる印象に写るのか、単に事業費の高い安いで結論を出さないで欲しい。
わが県は豊かでないことは県民等しく知るところ、しかしながら安物買いの銭失いに陥ってはいまいか。
運営次第によっては、観光面でも質の高い美術館になることぐらいはご理解頂けるだろう。
その様なことを語られる人は居なかったのか。
単に美術館建設で終わっては多大なる公共投資として如何なものか、
都市づくり、観光ビジョンとの連繋、それらとの相互影響を促す投資であれば、地域の未来に光が見えてくる。
我々音楽をこよなく愛する仲間では、室内楽や古楽を質の高い空間で演奏し、鑑賞できる空間を欲しいの声が聞こえてくる。今回は絶好の機会だと思っていた。
残念ながら1995年完成の県民文化会館は、ホールの構成で完結できなかった。
このことはその後の音楽文化発展が加速できない大きな要因となっている。

美術と音楽は、芸術の歴史を紐解くと、相互に密接に関わり合い、影響し合ってきた。
削られたホール(シアタールーム)は100百万円がバッサリ。
(演奏ホールとシアタールームは目的性能(残響)が異なる。)
将来、単独で300規模程度のホールを建設するとすれば2~3000百万円くらいは必要かも知れない。
重ねて申すが、芸術文化は互いの分野と密接に関わり合うものである。
これこそ文化全般を視野に長期的展望に立てば二重投資を避けることになる。
時にコンサートと企画展を結合したとする。県民、はたまた県外の人々に関心を呼び、集客増にもつながることが容易に想像できる。
一方では、集客数が問題になりながら、そのプラス要因をいとも簡単に捨て去る。
芸術文化の総合的視点に立てないものだろうか。

建設場所案のひとつに市庁舎跡地が上がっていた。
この場合、市民会館が隣にあることがどうやら事務局の言う近隣に相当するニュアンスがあった。
若しそうだとすれば、事務局の無知なるが故の結果を招くだろう。
市民会館は先に申したホールとしてまこと不適格なのである。
キャパ、音響が室内楽など小さな規模の音楽に向いていない。
ことに古楽器の音量は小さい。処が美術と関連のある音楽は、概して音量がか細く繊細だ。
リュート、チェンバロ、ピリオド弦楽器などなど、モダン楽器よりも音量がとても小さい。
このことはハッキリ申せば今の事務局の方には理解できるだろうか。
そうだとすれば、委員の申されたことを正確に反映してもらいたいものだ。
(ホールやギャラリーは規模を縮小しても削除すべきでない)
もう一つの欠陥としてキャパが大きすぎる。せいぜい500までである。
いいずれにせよ一体化した企画は出来ない。
当日の私の質問に対して、なぜかいやーな雰囲気を感じた。

集客数にしても、鉛筆を嘗める作業でいとも簡単に目標値が変えられる。
この様な検討の在り方、人要に疑問を禁じ得ない。
こんなに長期間をかけた上で、出来上がるものがだんだん縮まってくる印象が強い。
むしろ、基本的コンセプトを元に一度専門家のプランニングを基礎に、それを検討する機関と県民によって進めた方が良かったのではと思ってしまう。

100年の大系に立った事業でなければ、この際一旦終息してもらいたい。
むしろ、少々回り道になっても収蔵品だけに特化して再考しても良いと思う。
その間、美術館建設資金をプールし、100億円、よしんば200億円かけたって良いと強く思う。
その資金は公的を含め、民間からの参加支援を求める方法は無いものだろうか。

私は極力コンサートを聴くときは、絵画展があれば観ることにしている。
ある時、グスターヴ・クールベの絵画展を観た。そして「オルナンの埋葬」に釘付けになった。
その夜は、バッハの「マタイ受難曲」だった。
私はキリスト者ではないが、絵と音楽が融合した刹那、なんという感動!
感動が幾重にも倍加されたのだった。


県民アンケートについて
大いなる疑問を持っている。
県議会は県民の意向を受けての代表として決するもの。
しかし、県民の多数の意向とは必ずしも一致しないだろう。
しかしながら、県民の芸術文化、美術に特定したにしても、それに応えうるだけの資質が備わって居ない事は容易に想像できる。
そのひとつが企画展への来場者数に顕れている。
過去現在未来のメディアの及ぼす影響を加味しても、美術そのものへの理解度を測るのは困難ではないか。
その中で美術館の必要性の有無を問うたとする。
これは非常に危険な賭のように思えてならない。
委員の一人は、EUのようになるのではないか。図星だ。
EU脱退に投じた人々が、無知のまま投じたと後悔し、やり直しを300万人が要求している。
フォーラムも開催中であるが、欧米だったら、幾度も投げかけ、時間をかけて県民とのやり取りで練り上げ、絞り上げてていくと思う。
この種の過去の様々な様態を思い起こすと、徹底した議論と云う事を知らない。
形骸的な側面がほとんどで、やったと云う事が結論になっている。
今回の委員会で事務局サイドは、次回委員会で結論を出したいと申した。
これに対して委員側から疑問が呈され、次回結論は撤回されたようだ。



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by tomiot3 | 2016-06-28 20:17 | 文化・芸術 | Trackback | Comments(0)

嘘をつくと エンマさんに・・・

希代の大嘘つき
口から出任せ、いやいや出任せなんかじゃ
だから言ったでしょ。国民に主権を与えたら駄目よ!

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by tomiot3 | 2016-06-27 21:58 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)

県立美術館整備基本構想検討委員会 傍聴

第7回鳥取県立美術館整備基本構想検討委員会
本日午後1時半~4時45分 県立図書館大研修室で催された。
委員15名中8名の出席であった。ちょっと低調かな?
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議題は本日の議題 (1)建設費・運営費等の見直しについて これに大半の時間を費やされた。
新聞でも報じられているように大雑把70~100億の建設費と言われている。
本日示された建設費の見通しでは86億7千400万円を68億1千2百万円に圧縮する見直し案が示された。
削られる内容と金額も説明される。
削られる主なものは、ホール(シアタールーム)や県民ギャラリー、スタジオなどスペース的なものが対象になっている。
現博物館には講堂があるが、それに類するものがバッサリ削られている。
その理由は近隣の市町村の類似施設を活用するとある。
候補地が4カ所に絞られているが、場所によっては、それに近いものが有るが、
全く該当しない候補地も有るではないか。
安易な削減案だと直感した。
委員からの発言で、美術館に在ってこその施設を他の施設でと言うのは、その目的を果たさない。
必要な施設は規模を縮小しても全て整備すべきだ
と言う指摘があった。

さすが委員からは納得の出来る発言、意見、心して拝聴した。
文化観光的、社会教育、子どもの美術教育、経済効果と発展性、などなど
大いに同調できる提言などを聴くことが出来た。
ところがである。県博物館館長をトップに事務局側には、委員の意見見解をまともに受け止める度量に欠けていると感じた。
つまりかみ合わないのである。
なんとも歯がゆいものだった。
そもそも候補地選択のプロセスそのものに違和感を覚え、建設費検討に於いても、
非常に歯がゆいものだった。
美術館はこう在りたいという、切実なものが伝わってこないのだ。
お役所仕事的手法に長けた部分は認めるが、その粋を出るものは皆無で有る。
非常に無機的なのだ。
熱き心粋などまるで感じられない。こんな美術館を作りたい!言ってご覧よ。
今後、県民の理解を得るために、アンケートや、フォーラムを開催するらしい。
ある委員から、アンケートに県美が必要かどうかも問うのか、に対して館長は問うと答えた。
若しノーが出たら、EUのようになりますよ。図星。
県行政の彼等は、盛んに県民の意見、意見という。
問い方もあるし、県民の誰にと言うこともある。
おおむね形骸的民主主義手法という。

4カ所に絞られた建設地候補の評価の説明も行われた。
この件については、前回ブログ(坂野県議の意見聴取に使った)参照在れ。
次回委員会をどうするかで、委員側と県側で少しもめた。
最初、県側は次回で決めたい。しかしアンケートやフォーラムとの前後関係で当局は迷走し、
あたふただった。結局次回で決めるという一件は撤回されたようだ。
時間をすごく押してしまったようなので、傍聴者の意見交換はないと思った。
しかし、受け付けるというので挙手。
要約
言いたいことは沢山有るが1件だけ。
◎そもそも委員さんと事務局がかみ合っていないのではないか。
◎ホールなどいとも簡単に削除したが、他との共有などもってのほか、委員さんの発言であったでしょう。
 近来は特に美術と音楽の融合が図られるケースが増えてきた。それは美術館にその機能が在ってこ そのことだ。
 館長は、近隣の利用で。と言った。
 それでは全く意味を成さないでしょ。(分かってもらえた様子無し)
◎建設費云々などお金の蟻地獄に嵌まっている。どんな美術館を作ろうかという情熱が感じられない。
 だから県民も一向に盛り上がらない。場所だけの綱引きに終わって居るではないか。
委員さん達の視線を感じたが、時間切れ。
会場を後にするとき、若い男性に、いい質問ありがとうございました。と言われた。
“館長は分かっていないねー”と言ってしまった。
すると若者は、“イヤー”
どうやら職員だったようだった。

建設費を縮小というのは前回の委員会で指摘され、今回修正したという。
しかし、県側にはそうしたことは簡単に応じて、本来にかけるどのような美術館をと言う理念に欠けている。
しかし、それに応じるべく熱心に数字合わせの作業をする訳だ。
県民の一人として、事業費は県民負担そのものだから無駄は減らすのは当然。
もうひとつ、スペースというのは無駄と思われるが、これが非常に重要だと云う事。
理解できないだろうか。スペース=無駄というならば美術館は作らなくても良い。
分かりやすく言えば、遊び心というか。

まるで手法が逆さまだ。
事業費を決めてから美術館の構想を決めるなど、愚の骨頂だ。
未来へ託す文化施設、県民に夢や希望を与えるのが文化施設。お金の問題で議論が先行してはいけない。
そもそも道路や港湾には何百億も投じていて、教育、文化施設だったら100億は高いから、もっと下げろという議論はよろしくない。
ちなみに中身が薄い市役所ですら100億円ですよ。
またダイキンクレオ青谷は200億円というでは無いですか。
贅沢しなくても必要なものは必要、尽きることのない未来の効果を期待しよう。


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by tomiot3 | 2016-06-27 21:30 | 文化・芸術 | Trackback | Comments(0)

朝ドラ まんざらでもない

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朝ドラ トト姉ちゃん は太平洋戦争の真っ只中、ミッドウエーで大敗し、下り坂まっさかりの頃。
男たちは次々に招集されていく。
銃後を守る女たち、場所は東京目黒、食糧難を克服するため、千葉の農村に出かけて物々交換で食糧を手にいれる。
農村側も着物など有り余ってもしょうがないから、冷たくあしらう。と言うのが今日だった。
想い出す。
幼少だから事細かの記憶はないが、断片的に千葉や埼玉に親や兄弟について言った記憶がある。
そして、終戦後野田舎疎開でも同じ事が続いた。
食糧は幾分かは畑につくっていたが、主食や必要な野菜などは買わなくてはならないから、
母親の着物を持参して、頭を下げて回った。
お百姓側にしてみれば、立場が上、どうしても見下げることになる。
こうした経験が、土地を持っている者が勝ち、食糧生産するものが勝ち、だから農業が大切、
と言う根本思想になった。
そうしたことが、農業への関心、果ては作れるものは作って自給する。
楽しみながらも、根っこにはこのことがしっかり脈々根付いている。
義姉にも言ったことがある。
“農地を手放しては駄目ですよ”
高齢と後継のない農家の苦しみである。
その意味もあって、極力の作業にいそしんでいるのだが。
言われてしまった。“・・・・さんがもっと若けりゃなー” ムムッ!

もう一つ大切なこと、どうしてあの様な苦しみを味わうことを強いられたのか、それは「お国のため」だった。
「お国のため」これが一番怖いこと。
今もそのことを権力を握った政治家はめざしている。
渡良瀬川鉱毒、大戦、水俣、原発、沖縄などなど数え上げればきりが無い。
全て国策、「お国のため」で片付けられてきた。
このことを繰り返してはならない.これがもう一つの心の柱である。
時の政府のおんな政調会長は、臆面もなく「お国のため」を強調しだした。
今日本は戦前に返そうとする思想が中央を握っている。
おー怖!めざめ気付けよ国民。






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by tomiot3 | 2016-06-27 09:09 | よもやま・つれづれ | Trackback | Comments(0)