砂丘は荒れる?
早朝、自転車道入り口から砂丘を与謝野歌碑まで直登するコースを行く。
砂丘の雑草、松など植生が勢いを増している。ちょっとビックリだ。
荒れるのには余り時間を要しない。
この辺りは浜坂村の人たちが定期的に手入れをして居た。
特に与謝野歌碑辺りはゴミの捨て場になっていた。
私も片付けてはいたが、この辺りの砂丘植生の手入れと共に、時々村人たちも片付けていた。
とにかくこの近辺は粗大ゴミを含めた捨て場になっていた。
その傾向は今も続いている。
与謝野歌碑のところに最近朝夕によく見かける浜坂村の知人が居た。
この近辺の荒れようについてしばし話す。
その人の話では市から砂丘の除草や松の整理を止められたという。
ももんじょ近辺の砂丘もそうだ。
浜坂村の人が丹念にトラクターを走らせ雑草除去などをして居た。
“理由が分かりませんねー”
そういえば以前松露がどうのこうのって言ってたなー。
30年前後に松が植えられはじめ、40年代はまだまだ松なんてそれほど育っていなかった。
らくらくと海岸までたどり着けていた。
その頃のこの近辺の砂丘、砂自体も綺麗で遠く山陰本線の千代川鉄橋から
砂丘のランドマークとして眺められていたのがなつかしい。
それが今日話題のこの近辺だった。
砂丘への道路、県道から市へ移管され、今は市道。
ぐんと管理能力、内容が低下したと感じている。
例えば先の冬の除雪作業で破壊された道路側溝と枡のグレーチングは未だ放置されたまま。
その人と街路樹の話もした。
ハッキリ申して鳥取市の自然環境への感覚には大いなる疑問がある。
自然や緑がどう在るべきか、ひょっとして現場を知らないのでは。
毎日観察している我らとは感覚にズレがあるだろう。
すごくない鳥取市 至る所にあり。
これらをひとつひとつ克服しなければ、鳥取市に未来は無い。
もうひとつ市民感覚の問題点についてもその人と話した。
それにしても朝から暑いぞ。
10時過ぎはもっとすごくなった。
汗びっしょり。
爽やかさは清楚な合歓の花だけだった。
by tomiot3 | 2018-06-25 23:25 | 自然・環境・緑・災害 | Trackback | Comments(0)